一章 悪魔的勇者
武器屋に晴れない気持ちを引きずりつつ向かうと、店の前に人だかりが出来ていた。
「いいからその剣をさっさとよこせ!」
「そういわれましても……この剣は売り物ではないのです」
どうやら揉め事が起きているらしい。
人混みの隙間から覗くと、いかにもボンボンそうな青年が、店の店主の胸ぐらを掴んでいた。
「お前さぁ……勇者特権知ってるよな?俺が欲しい物はダダで差し出す決まりだろうが!」
「もちろんです。しかしそれはあくまでも売り物の話。これは我が家の家宝で売り物ではなく、適用されないのですが……」
「……お前死にたいのか?」
うわぁ……話には聞いていたがひどいな……あのボンボンの糞馬鹿が勇者かよ……
ーーーーー勇者。
王から直接任命され、絶対的な能力、固有スキルを持つ者。
そして、その強さ、実績ゆえに勇者は英雄として表向きは語られてはいるが、実際数々の黒い噂が絶えない。
傲慢と強さを履き違えては、権力をたてに好き放題。勇者が誕生すると経済が悪くなるとまで言われてるそうだ。
「最後に聞くぞ?剣を早く差し出せ」
勇者が額に血管を浮きだたせながら、店主に低い声で言った。
さすがにヤバそうだな……
と思ったが案外そうでもないのかもしれない。
店主をよくみれば、顔は困ったような表情をしているが、冷や汗一つかいてないし足も震えていない。
それに今までの会話を思い出すと、丁寧に答えているが、一度も謝罪の言葉はなく自分の意思をはっきり言っている。恐らくだが、この勇者が何をしてこようが退ける自信があるのだろう。
むしろ野次馬の方がハラハラしている位だ。
「お断り致します。あと……」
店主が勇者に何か耳打ちをした。
それを聞いた勇者は顔を真っ赤にして、店主をつかんでいた手を乱暴に離した。
「あんまり調子にのるなよ!おい!ジースター!」
「おう!こいつでいいのか?」
勇者が呼びかけると、近くにいた筋肉質な大男がへらへらしながら小さい女の子を掴んで前にでてきた。
「フラン!」
店主の顔色が一気に変わった。
「勇者の固有スキルは知ってるよな?俺が意思を込めて切ったものは、回復魔法もポーションも効かない。お前のバカな回答のせいで、娘は一生残る傷痕が顔中に出来ることになりましたとさ!」
「貴様っ……!」
「悔しいならかかってこいよ!俺に傷でもつけたら一族皆殺しにされるけどな!バーカ!」
「…………外道がっ……」
店主が腰につけていた剣に手をかけていたが、抜けずに勇者を睨み付けた。
さすがに店主も勇者がいくら最低でも、自分の娘まで人質にとるような事はしないと思っていたのだろう。
確かにこれではどっちが勇者か魔王かわからなくなるレベルだ。
「くそガキ、恨むならバカな親父を恨むんだな!」
そういうと勇者が勝ち誇った顔で剣をゆっくり抜いた。
さすがにヤバい……これはやるしかないか……
「あー!勇者様ではないですか!」
俺はだせる限りのデカい声で思い切り叫ぶ。
野次馬の視線が一気に俺に集まった。
「なんだお前?先に死ぬか?」
勇者が苛立ちこっちを見る。
第一作戦成功。
とりあえず勇者の興味を、フランから俺に変える事に成功した。
「勇者様!俺筋金入りの勇者様のファンでして、やっとお会いすることが出来ました!」
デカい声でオーバーリアクション気味で話しながら、少しずつ近づいていく。
「だからなんだよ?今の状況がわからないバカか?」
「本当に申し訳ない!勇者様に初めてお会いできたもので、つい興奮してしまいまして。そのあまりに美しいお顔と悠々たる姿に思わず大きな声を出してしまいました」
「まぁ……それは仕方のないことか。それでなんだ?くだらない話なら殺すぞ」
勇者はみえみえのゴマスリで、少し機嫌を直してはいるが、変わらずに殺気立っている。
「何か騒ぎがあったので近くに来てみたのですが、勇者様がそれはひどくお怒りになっていたもので、ここは一つ何かお役にたてる事はないかと思いまして」
「いらねぇ……お前は黙って見てれば良いんだよ」
会話にならないか……思ったより事態は悪化しているな……
「これは大変失礼致しました。今からこのバカそうなガキを切りつける事は大賛成なのですが、今のままでは勇者様に返り血がついてしまいます。そこでお役にたちたいと思いまして」
「……無能な割には気が利くな。それでどうするんだよ」
勇者はいやらしくにやけると、バルトに聞いてきた。
「俺は本当に初歩の風魔法を使えまして、それで勇者様の前に少しだけ風の壁を作らせていただければと」
「確かに汚い血は不愉快だ…お前、無能の割には意外と頭が切れるな」
「お褒めに預り光栄です。それにジースター様も汚れてはいけませんので、このガキは俺が押さえておきましょう」
ジースターとか言う大男の方を向き、膝をついて提案する。
「汚れたくない。頼む」
ジースターは会話を聞いていたからか、あっさりバルトにフランを渡した。
ここまでは順調。
「ありがとうございます。では早速壁を作らせて頂きます」
そういうとバルトの周り30m程に砂を巻き上げて突風が吹いた。
「おい!何をしている!」
巻き上がった砂で視界が遮られ、勇者が叫ぶ。
「申し訳ございません。風を集めるのに少し失敗しました。しかし、既に勇者様の前に壁は既に完成しております」
勇者は手を少し前にだすと風を感じたのか、ニヤリと笑う。
「これ位なら俺の剣には影響なく、おもいっきりぶったぎれるな」
と上機嫌そうに言った。
「勇者様、あなたのような忙しいかたがこんな事に時間を使ってはもったいないです。早く切り刻みましょう」
バルトは勇者を煽るように、フランを少し前に差し出す。
「それもそうだな……おい!武器屋の糞親父!よく見とけよ!」
そういうと思い切りフランの顔めがけて、剣十字に振り下ろした。
「きゃぁぁぁぁ!」
大量の血しぶきと共に、フランは大きく叫ぶと顔を押さえた。
「お見事です!おいバカ親父、血だらけで汚いガキは返すぞ」
バルトはフランを店主の元に放り投げた。
店主は投げられたフランを抱き抱え、気の抜けたような表情をしている。
「おい見ろよ!ショックで頭おかしくなったか!これは傑作だ!」
勇者は店主の表情を見て、愉快そうに叫んだ。
「お前、クズの割には使えるから名前教えろ。一応覚えておいてやる」
振りかえって勇者はバルトに話しかける。
「カバエマオと申します」
「カバエマオ?変な名前だか、クズにはぴったりか!一応覚えておくから、光栄に思え」
「ありがとうございます!勇者様に神の御加護がありますことを…」
バルトは勇者の前に膝をついて、礼を言った。
「行くぞジースター!どけゴミども!」
勇者はある程度気分が晴れたようで、野次馬を軽く威嚇しながら帰っていった。
なんとかなった……
バルトは冷や汗を拭い、深いため息をついた。
「最低だな……」
「クズ過ぎるわ……」
騒ぎが収まり、野次馬達は小さな声でバルトを非難し始めた。
これでいい……この状況こそが成功した証なのだから。
バルトは苦笑いをしながら、店の前から離れようとした。
「君、少し待ってくれ!」
歩きだそうとすると、店の店主に呼び止められた。
「さっきのは一体……」
店主が近づいてきて、バルトに話しかける。
ここで話すのはまずい…店主の気持ちも分かるが野次馬がまた騒ぎだせば勇者に気付かれる可能性も出てくる。
なるべく自然に終わらせなきゃ意味がないのだ。
バルトは店主に小さな声で何かを伝えた。
次の瞬間、店主は思い切りバルトをぶん殴り、倒れたバルトを引きずりながら店に入っていった。