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第1話 優愛5歳。重明16歳。真愛24歳。

 優愛は5歳だ。


「ぱに~」


 7月5日。当然、外は暑い。


「ぱにぱに~」


 午後17時13分。学校が終わってから、真っ直ぐ、この公園に行くと丁度だ。


「ぱーに、ぱーに、ぱにっしゅぴゅあぴゅあ~」


 優愛は今日も、あずまやで遊んでいる。日陰だろうが、汗だくだ。だから公園に来る前に、いつも入口近くの自販機でスポドリを買う。


「今日はぬり絵だ」

「ぱにっしゅぴゅあぴゅあ~」


 数人掛けられる木製のベンチをひとつ占領して、寝転がって。ぬり絵の本とクレヨンを並べて、ご機嫌に歌いながら。


「のど、渇くだろ優愛」

「んーん。もうちょい。ぴゅあぴーすのあしだけぬる!」

「……確かピュアピースは白い方じゃなかったか」

「でもぬるの!」


 僕は神藤重明(しんどうしげあき)。高校1年生だ。

 この子は相原優愛(あいはらゆあ)

 僕らは毎日、ここで一緒に居る。


「のどかわいた!」

「言わんこっちゃない。ほら」

「ありがとござあせ!」

「おっ。えらいえらい」

「えへへ!」


 因みに優愛がぬり絵にしているのは、女児向けアニメのキャラクターだ。確か『不埒な輩に純粋なる天罰を! パニッシュメント・ピュアガールズ』だ。略してパニピュア。ふたりの女子中学生が変身してなんか怪物みたいなのを素手でボコボコにするやつ。

 ……優愛と一緒に居たら詳しくなってしまった。


「……ちょっと遅れてごめんな」

「んっ。んっ。へーき!」


 本当は、僕が先に公園に来るべきだった。5歳の女の子がひとりで公園に居るのは危ない。今日は少しだけ、ホームルームが延びてしまった。


「ねーこれよんで!」

「ああ。……ってまたパニピュアか」

「ぱにぱに~」


 ほぼ毎日。平日も土日も。僕は17時にこの公園に来ている。優愛の面倒を見る為だ。

 17時から、21時ちょっとくらいまで。

 お腹が減るだろうって?

 お弁当がある。僕じゃない。優愛が、持たされてる。

 誰に?


——


——


「ごめーん神藤くん。ちょっとお客さんに絡まれちゃって」

「おかあさん!」


 21時34分。ぱたぱたと小走りで、女の人がやってくる。


「おそい!」

「ごーめーんって優愛。ほら。あっ」


 明るい茶髪。ウェーブを掛けたサイドアップ。夏らしい露出高めの、肩を出したシャツに短めのスカート。


「あらら寝ちゃった。今日は起きてるかと思ったのに」


 優愛は彼女に抱き着くと途端に、寝息を立て始めた。


「今日は頑張った方、すよ」

「確かに。ね、お腹空いてるでしょ。いつも優愛の面倒見てくれてるし。なんかご馳走させてよ」

「…………いや。今日は母が一応メシ作ってるんで。大丈夫、す」

「えーそっかあ。でもいつかお礼はさせてね。んじゃね。また明日」

「……お疲れ、す」


 一日中笑顔で接客してから、まだ僕にこんなに笑い掛けてくれるこの人は相原真愛(あいはらまい)さん。19歳で優愛を産んだと言っていたから、今24歳だと思う。

 相原さんは優愛を優しく抱きながら、公園を後にした。

 ちょっとの間ぼうっとしていた僕も、重い足を引き摺って自宅へ向かった。


——


——


 朝8時から、16時半までの勤務で。その後、優愛を連れてこの公園に来る。僕と待ち合わせて、相原さんはまた別の職場へ。こっちは4時間だけで終わり。なんでもお店のピーク時の4時間だけをジャストで入れられる丁度よいバイトだそうだ。

 朝からの方は子供を預かってくれる場所があるけど、それも16時半まで。だからこの4時間を、僕が優愛の面倒を見ることで補っている。朝から21時までの所も無いわけじゃないけど、高いらしい。今の所は従業員手当てという形でタダで預けられて。残りは僕がタダで引き受けている。

 そんな感じだ。


『パニッ。パニッ。パニッシュピュアピュア~っ!』


 コンビニの前を通ると聴こえてきた。優愛がいつも歌っている奴だ。今はなんかコンビニとコラボでキャンペーン中らしい。まあ、どうでも良いけれど。


 察しが付くと思うけれど、相原さんはシングルマザーだ。バイトをふたつ掛け持ちしている。優愛の父親とか、詳しい事情は知らない。聞けないし。

 大変だと思う。今の時代は、クラスを見ても片親は別に珍しくない。けれどそれは、『普通』とは言い切れない。『理想』は、両親共に居ることだ。当然ながら。

 だけど、皆が皆そうじゃない。片親なんて当たり前。そんな空気すら感じられる。

 滅茶苦茶大変なんだよな。相原さんを見ていると分かる。

 僕にできることと言えば、たった4時間、優愛の面倒を見ることくらいだ。それも危ないと分かってる。僕だってまだ、子供だ。夜にひとりで出歩くのは危ない。


「…………」


 考えている間に、家に着いた。明かりは付いていない。母さん達は今日も『向こう』か。ああ、そう言えばメッセージ入ってたっけ。


「ただいま」


 ひとりじゃ広すぎる一軒家に、むなしい声が響いた。

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