あるいはある探偵の私記
「引っ越したんだって」
‐まあね
「いいね。「今度連れてってよ」
‐頑なに拒否する
そんな風にして私の新居は完成した。広さにして4坪ほど、小さな畑が栽培できそうな広さだったが
私はそんな風にして完成した新居を友人たちに話した。大抵、友人たちの反応は驚くか嬉しそうな
顔をするかだったが、そのなかで一人、弘中君は違っていた。驚くでも惜しむような反応をするでも
なく、なぜか悲しげな表情をした。弘中君は今年入社してきた新人だった。私のほうが先輩だったので
いろいろ教えてやれそうな気がしたがもう遅かった。1991年四月、弘中君は家で首を吊って自殺した。
弘中君が自殺した理由はまだよくわかっていない。新居の紹介のほうはまだ続いていた。
「ここに一人で住むの」
‐いまのところはまあ
「恋人などは作る予定は」
ーまだ全然
1993年、偶然泊まったホテルで、私は再婚していた飯塚直子と出会った。飯塚は最初あった時、驚いたような顔をしていた。
「君が何でこんなところにいるの」
「さあ」
実際さあなんでという話ではあった。受付室では受付嬢が誰かの客室の案内をしていた。九月はまだ暑かった。室内ではヴィバルディの音楽が流れていた。少し贅沢な雰囲気のするホテルではあった。
雪のふる夜であった。その晩私は読書をしながらなんとなくぼんやりしていた。ラジオからはディスクジョッキーの陽気な声とともにジャミロクワイの「スペースカウボーイ」が流れてきた。ぼくは少しイライラした。扉を叩く音がしたのはそのすぐあとである。最初ぼくは雪が窓ガラスを叩く音かと思って気にも留めずにいた。扉を叩く音はだんだん激しくなってきた。僕はやっとその時ドアを叩いているのは雪じゃなくて人だと
気づいた。一拍子置いて出たら直子だった。直子は