神様と
初恋は小学二年生の時。同級生の小林君と。
初エッチは中学一年生の時。上級生の鈴木さんと。
二十八歳になる現在。男性経験六十七人。
……地球の男に飽きてしまった。
闇に落ちた公園のベンチに座り、六本目の缶ビールをあおるように飲んだ。
頭がポワポワして心地よくなる。
「もうどうにでもなぁれ」
誰かに聞いて欲しいと叫んだ声が寂しく公園にこだまする。
心地よい気持ちが一瞬萎える。
でも、酒に酔ったこういう状態じゃ無いとこれからすることは恥ずかしくてできないだろう。
私は公園にそびえる一本の大木の枝を一本へし折り、それで公園内に魔方陣を描いた。
そして、
「いわで、いわで、宇宙人様。おいでなさいませぇ」
と叫ぶ。
ネットに載っていた宇宙人を呼ぶ方法だ。
地球人に飽きた私が次に求めるもの。それは地球外生命体だ。
……自分でも馬鹿なことをしていると分かっている。
こんなんで宇宙人が現れるはず無い。
あるいは現れたって付き合える保証は無い。
でも、もう私を満足させてくれそうなものは地球外生命体以外にないのだ。
「いわで、いわで、宇宙人様。おいでなさいませぇ」
「いわで、いわで、宇宙人様。おいでなさいませぇ」
「いわで、いわで、宇宙人様。おいでなさいませぇ」
私の声は公園内にさざ波を立て、虚しく消えていった。
何も起こらない。
やはり、そうだよな。
私はベンチの上に散らかした缶ビールをレジ袋に投げ入れると、近くにあったゴミ箱にスリーポイントシュートした。
そして帰ろうとしたとき、肩をチョンチョンと突かれた。
なんだろうと思って振り返ると、初老の男性がそこに立っていた。
白髪交じりの髪に、おしとやかな目。
全身からは全てを抱擁してくれそうな雰囲気が醸し出されている。
彼は今までに付き合ったことの無いタイプの男性だった。
そんな男性が私を見つめている。
何だかその視線が私を飲み込んでいくようで、思わず目をそらしてしまった。
顔が火照ってくるのが分かる。
なんでだろう。地球の男なんか飽きてしまっていたはずなのに。
初老の男性というのは今までに付き合ったことが無いから緊張するのかな。
そんな動揺する私の心を知ってか知らずかその男性は、
「あなた、お名前はなんていうのかな?」
包容力のあるバリトンのきいた声で私に問いかけた。
「あ、ええと、か、柏木ののと言います」
どもってしまい、恥ずかしくて視線を足下に落とした。
「柏木のの、か。いい名前だ」
彼は私の名前を噛みしめるように褒めてくれた。
私はそれが嬉しくて、
「あ、あの、あなたの名前は」
と、どもりながら訊いた。
すると彼は困った表情をし、
「名前なんて無くしてしまいました」
と言った。
どういう意味か分からず、
「記憶喪失ですか」
なんて馬鹿なことを言ってしまった。
すると彼は、
「それに近いかもしれませんね」
と言って寂しく笑った。そして、
「神様なのにね」
と言った。
『神様なのにね』?
どういう意味か分からず頭がフリーズした。
そんな私を見て、男性は笑い、
「あの大木は昔神様として崇められていたんですよ。でも、最近は誰も信仰してくれなかったから、神様としての格が落ちて、名無しになってしまったんですよ。しかたのないこととはいえ、少し寂しいですね」
と言ってまた寂しく笑った。
「でも、久しぶりに熱心な信者が現れてくれた。これは嬉しいことです」
そう言い、私の手を握ってきた。
「どうして私が顕現してしまうほどの術を行っていたんですか? 力の無い私でもどうにかできることなら力になります。さあ、願いを言ってください」
「神様……? 本当に?」
「ええそうです。正真正銘の神様です」
私は惑った。
確かに地球外生命体と付き合いたいと術を行ったが、まさか神様を顕現させてしまうなんて。
今でも信じられないが、もし本当に神様だというのなら……。
神様を彼氏にすることができたなら、それって凄いことじゃない!
だから私は、
「神様。顕現してしまった以上寝るところとか必要になりますよね?」
「まあ、そうですね」
「それじゃあ私の家に住みませんか。同棲しましょう」
その言葉に彼は驚いた顔をして、
「それは助かりますが、願いの方は良いんですか?」
「いいんです。今はあなたと住みたいってことが願いということで」
「それでいいなら私も助かりますが」
「それじゃあ今日からお願いしますね!」
「はい。お願いします」
何が『お願いします』なのか分からないが、とにかく彼と今日から住むことになった。
神様との同棲とはどういうモノになるのか分からないが、私は期待に胸を躍らせた。