その9
メイの願いもむなしく、古の青龍はうんともすんとも言わなかった。
「はあ…出ていらっしゃらないです…」
肩を落とすメイに、真里菜がやさしく言う。
「そういう時もあるわよ。とりあえず、花火にしましょう」
「そうだな、それがいい」龍も賛成する。
「あのー、龍おじさま、聞いてもいいですか」
「何だい?」
「皆さんは、さっきの凛おじさまにまつわるお話、ご存じだったんですか? なんだか、それほど驚いていらっしゃらないっていうか…」
メイの言葉に、龍が空を仰いだ。
「最初に気が付いたのは翔太だった」
「じいちゃんが!?」驚くミコト。
「翔太くんは、凛くんの胸のピカピカが、あったりなかったりだと気づいたの」奏子が言う。
「それで紗由ちゃんと僕は協力して過去をたどった」翼が言う。
「じゃあ、鈴露は皆さんが知ってることを決死の思いで告白したんですか?」
「いやいや、多治見との関係性は想像の範疇でしかなかったよ」
「学生の頃は存じませんでした」史緒が言う。「凛くんとはあまり会わないことを、皆が不思議に思っていましたし」
「いつ、知ったのですか?」
「正直、いつとはわかりません。少しずつ、何となく、この方はこの世の者であるとも言え、ないとも言える。そういう存在なのだと承知いたしました」
「不思議です」メイが言う。「だったら一条が、誠さんこそが、“命”をやめればよかったのではないでしょうか。そうすれば、そのルールに縛られずに、凛おじさまに何でもできる」
「そうだね…」翼がため息をつく。「僕たち、四辻に責任があるのかもしれない」
「四辻に?」
「凛くんが生まれる前から、僕と奏子は、誠おにいさんから指導を受けていた。僕らの両親は力がない人たちで、祖父の先の宮は…いなくなってしまっていたから」
「誠おにいさんは、やめたくても、やめられなかったんだと思います。四辻の子たちが一人前になるまでは」
「いつも優しかったわ、誠おにいさんは」真里菜が言う。「私のように、“薙”という別系列の出で、力が不安定だった子にも、優しく指導してくれて」
「そう。今の久我家があるのは、誠おにいさんのおかげだ」大地も同意する。
「だから、だれも誠おにいさんを責めたりしていないの」涙目で微笑む奏子。
メイは思った。
皆が優しい人。なのに、なんで皆が一緒に幸せになれないのだろう。
神様は、何でそんな意地悪をなさるのだろう。
メイの頬を伝う涙を見て、ミコトが言った。
「大丈夫だよ。これからは、皆さんの力を好きなように使って、凛さんを助けることができるでしょ? “命”から足ヌケして、制約がなくなったんですから」
史緒が微笑むミコトの傍らに近づき、言った。
「私はこれで失礼します。九条はまだ、“命”を抜けていないので」
「おばあさま…」困惑するミコト。
「久我に籍を置いているとはいえ、私は父や姉の立場、そして思いを踏みにじることは出来ません」
「史緒おばさま…」メイも戸惑う。
「史緒ねえさま!」
「咲耶。あなたが私に同調する意味はありません」
「ねえさま…」
史緒に駆け寄るメイ。
史緒はメイをふわりとハグして言った。
「ミコトをお願いいたします」
「…はい」
「大地さんの力を思う存分お使いください。西園寺の写の力を使い、大地さんの癒の力を皆で使えば、凛くんに対してかなりのことができると思います」
広場から、清流旅館へと戻っていく史緒の後ろ姿に鈴露は叫んだ。
「ありがとうございます、書の姫…いえ、おばあさま!」
史緒は一瞬、立ち止まったが、やがてゆっくりと歩き出した。
* * *
史緒が広場を去った後、花火が打ち上げられていた。
皆、何事もなかったかのように、空を見上げて声を上げる。
要所要所で真里菜の説明が入る。
「この後は、四神を形どった花火です」
上がった花火にため息をつく面々。
「…白虎というより、耳のないネコみたいですね…」咲耶が、真琴ばりに辛辣な物言いをする。
「あ、次、青龍ですよ!」
メイが叫ぶが、打ち上げられた花火は風に流れて、トカゲのようになっていた。
「朱雀さま…!…は、えーと…」
「いいわ、メイちゃん。そんなに気を使わなくても。これだけ風があると流れて形が変わるのは仕方がないことだから」
言いながら、幾分不機嫌そうな真里菜。
「そうだよ、メイさん、気を使い過ぎだから」
「ミコトさん…」
「怒ってるよね」
「ええ、もちろん。清流旅館の九代目たるあなたが、真大祭をきちんと執り行えないなんて、ありえませんから!」
「きちんと執り行うよ。メイさんや、みんなの力を借りて」
「みんなの力…?」
「メイさんが俺を開くってこと、メイさんが一人で頑張り続けなくちゃいけないってこととは違うと思うんだ。そんなこと、言われてないよね?」
「え、ええ、まあ…」
「じゃあ、皆に甘えようよ。ばあちゃんが、よく言ってた。自分が出来ないことは、出来る人にやってもらえばいいのよって。感謝をしながら、次は自分が出来ることを相手にすればいいのよって。その方式で行かない?」
明るく笑うミコトの顔を見ながら、メイの頬には涙が伝った。
「うん。そうしようか」
* * *




