その3
「はい?」
蝶が大広間で暴れているというミコトの言葉を怪訝そうに受け取るメイ。
「ミコト、今、何が見えている?」尋ねる鈴露。
「…青龍さま!」
ミコトは叫びながら部屋を飛び出し、大広間に向かう。
後を追いかける3人。
「ねえ、何がどうしたの?」
一番後からついていくメイ。急に両肩が重くなる。
「な…なに…これ…」
「我じゃ」
背中の声に振り向くメイ。
「朱雀さま!」
肩に乗っている鳥のぬいぐるみを、むんずとつかむメイ。
「いたた…つかむな、小娘!」
「“雀のお宿”に戻ったんじゃなかったんですか?」
「それどころではのうなった…振るな!」
「腕を振らないと走れません!……わっ!」
目の前の祭が急に止まって、祭の背中と自分の胸の間に、鳥のぬいぐるみを挟み込む形になってしまったメイ。
「つぶすでない…」
メイは、呆然と立ち止まる祭と、その横にいる鈴露の間から顔を出し、大広間を覗いた。
「これって…」
メイの視線の先にあったのは、5メートルはあろうかという、でこぼこした円柱状の物体、天井までのびた青龍とおぼしきものの姿だった。
「青龍さまが蝶に覆われてる!」
まるで、蝶が磁石で青龍の体にくっつき、そのまま羽を動かしているように見える。
「鈴露! ミコトさんは?」
「青龍さまがミコトに巻き付き、その上に蝶が付いている」
「どういうこと!?」わけがわからず、混乱するメイ。
そこに、龍たちが現れた。
「まあ、部屋に入ろうじゃないか」
龍の言葉で、部屋に入る鈴露、祭、メイ。
「青龍さまが蝶に襲われたと思い、助けに駆け付けたミコトが、逆に襲われ、蝶からミコトを守るために、ミコトを覆った、というところかな」
龍が言うと、鈴露が右手を前に伸ばした。
だが、その手をそっと握り、下におろさせる龍。
「ここはお任せを」
「龍の宮さま…」うつむく鈴露。
「ここは、どちらかといえば私の出番かしら」
真琴が鈴露の顔を覗き込み微笑んだ。
「まこ…あまり無理させるなよ」
聖人がため息交じりに言うと、真琴は咲耶に抱かれたびゃっこちゃんを受け取り、耳元で何かを囁いた。
真琴の周りが煙に包まれたかと思うと、一瞬で、びゃっこちゃんが体長5メートルほどの白い虎に変わる。
「虎って、こんなに大きかったかしら…」
ぽかんとするメイに真琴が言う。
「白虎さまにしては小さいほうよ。これ以上大きくなると天井壊れちゃうから」
「ですよね…」
白虎は静かに青龍に近づくと、大きく口を開け、吠えた。
まるでそれが合図であるかのように、青龍の磁力は消え、蝶がそれぞれにふわりと飛ぶ。
そこをすかさず、吸い込む白虎。ものの数秒で、蝶は白虎の体へと消えた。
「礼を言う」
青龍はそう言うと、ミコトに巻き付いていた自分の体を解く。
ふわりと倒れそうになるミコトを、自分の髭で支える青龍。
「蝶はどうなっちゃうの??」
メイの疑問には、鳥のぬいぐるみ、もとい、朱雀が答える。
「抜き取られ、バラバラにされる」
「何を抜き取るんですか?」
「この空間から盗んだ記憶、ここにいた者たちから盗んだ記憶をだ。持って帰らせるわけにはいかぬ」
「持って帰るって、どこに?」
「まあ、見ておれ」
朱雀が言うと、白虎は吸い込んだ蝶を口の中でむしゃむしゃとかみ砕き、次から次へと、その残骸を吐き出していく。
「なんか…元が何なのかわからないわ。蝶の粉末?」
メイに抱かれた鳥のぬいぐるみに向かい、白虎が言う。
「おまえも手伝え」
「…承知」
ぬいぐるみから、赤い霧状の物が噴出したかと思うと、それは5メートルほどの鳥の形になった。
「朱雀さま!?」
驚いて、ぬいぐるみを落としたかと思うと、一歩前に出て、ぬいぐるみを踏んづけるメイ。
「踏むでない!」羽ばたきする朱雀。
「最初から、その姿でいいじゃない…」
白虎が吐き出した粉末を羽で集め寄せる朱雀。一瞬で燃え上がる粉末。
「え? 火事?」さらに慌てるメイ。
「案ずるでない」
朱雀が言うと、どこからともなく現れたカメのぬいぐるみが、玄武へと姿を変える。
かなり重量級の首の長い亀といったところだ。
その玄武が、太い足で炎を踏み消し、さらにその灰を踏み固めていく。
ほんの何秒かで、小さな塊になっていた。
「すっごーい」
もはやミコトの存在を忘れて、一連の動きに目を見張るメイ。
「九条の姫たちよ」
玄武に呼ばれた史緒と咲耶が前に出る。
「我が言の葉を書にし、印をして多治見に送るがよい」
「承知いたしました」
史緒は胸元から懐紙を取り出し、その塊を包むと、咲耶を引き連れ、部屋を出て行った。
白虎は姿を消し、びゃっこちゃんに戻り、朱雀は姿を消し、鳥のぬいぐるみに戻り、玄武は姿を消し、カメのぬいぐるみに戻った。
足元の鳥のぬいぐるみを無造作に掴み上げるメイ。
「これ! 乱暴につかむでない!」
「えっと…龍おじさま。これで片が付いたということですか?」
「おおむね」
「残りは…?」
「ミコトの状態を確認しなくてはいけない。それゆえ…黄龍の若宮さまはご退出を」
「龍おじさん!」
祭が龍に駆け寄ると、龍は祭を制止する。
「わかっているだろう、祭」
「私、全然わからないんですけど…」
首を傾げ続けるメイに、とある声が聞こえてきた。
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