その16
「鈴露さまは?…どうなってしまうんですか?…」
鈴露の背中に手を置きながら、涙声の祭。
「どうにかするしか、あるまい」無表情に答える龍。
「だから、どうやって…!」祭の頬を涙が伝う。
その間にも、龍たちが作った結界は、どんどん小さくなっていき、玄武が踏み固めた小さな塊を囲み、さらに凝縮させていく。
そして、結界の消失と共に、その塊だったものも姿を消した。
「お願いいたします、“癒”の命」
龍が言うと、大地が鈴露の元に来て、その体に触れる。
「これは……よく今まで普通に暮らせて来たものだ…」
華音が駆け寄り、大地に加勢する。
と、その時、ふすまの向こうから、笙の音が流れてきた。
しばし、その音に耳を澄ます一同。
「これって…!」メイが叫ぶ。「走馬おじさまの曲だわ」
「走馬さんの?」
不思議そうに尋ねるミコトに、メイが説明する。
「走馬おじさんの曲。“すずらんは朝露に麗しく”」
「へえ?」
「走馬おじさんは、西園走という名前で活躍しているアーティストなの」
「知ってる!」
「“愛しき人たちへ”というアルバムの中に納められている曲よ。その中に“命”という曲もあって、メイとも読めるから、何だか自分への曲みたいでうれしくて、それで、このアルバムをよく聞いていたの」
「いい曲だね…」うっとりと耳を傾けるミコト。
「ええ。すずらんは鈴露。麗しくは麗おばさま。二人を表現した曲だと私は思ってる」
「メイさんて、やっぱりすごいなあ…」
大地と鈴露の様子を見ていた真琴が聖人に言う。
「ねえ、まーくん。大地くんに負担がかかり過ぎだわ。ここは西園寺の力を発揮しましょうよ」
「そうだね。“写”の力で、大地くんの“癒”の力をコピーさせてもらおうか…華音ちゃん…は、もうやってるし」笑う聖人。
「私も加勢しよう」龍が言う。
「メイさんもやって!」ミコトが促す。
「駆にも加勢してもらおう。清流旅館からここへ念を送らせる…いや、西園寺の血を引く者、総動員だ」
龍が言うと、メイが頭の中で西園寺の家系図を展開する。
「総動員て、どこまで…? どうやって…?」
「相手の名前を心の中で呼べばいい。そして大地の力を写し与え、それを鈴露くんに送ってもらう」
部屋にいた西園寺の血を引く者たちが、一様にその作業をすると、たちまち部屋の中がまばゆい光に包まれた。
「うわあ…気持ちいいや、これ」
天に向かって両手を伸ばすミコト。その手のひらをふんわりと握ると、鈴露の額に当てる。
「龍!…鈴露くんの気脈が正常になった」大地がふーっとため息をつく。
「そうか…!」
「鈴露さまは…大丈夫なんですね?」祭が龍の袖をつかむ。
「ああ。安心しろ。それにしても、これは…」
ふすまを見つめる龍。
つかつかと歩いて来た奏子がふすまを開ける。
「母の祈りの証でございましょう」
そこには、走馬の傍らで力尽き、倒れている麗の姿があった。
* * *
総動員での治癒作業の後、しばらくして、先に凛が目を覚ました。
「私は…」
「もう大丈夫ですよ、おじさん。みんなが何とかしてくれました」
ミコトが凛の手を握ると、凛はしっかりとその手を握り返した。
だが、次の瞬間、ハッとする。
「鈴露…麗……!」
「大丈夫。ちょっと疲れて休んでいるだけです。じきに目を覚まします」
「すごいや。隣の部屋で寝てるのにわかるんですね」感心するミコト。
「以前より…感覚がクリアだ。不要なものが洗い流されて、そこに新しい力が注ぎ込まれていく…ありがとう、皆さん」
凛は、皆を見回し頭を下げると、立ち上がり、隣の部屋に向かった。
* * *
10分後、凛が、鈴露と麗を従えて部屋に戻って来た。
「皆さん。改めてお礼を申し上げます。3人とも、もう大丈夫です」
凛が頭を下げると、鈴露と麗も頭を下げた。
「ミコトが神箒を使うと言ってくれたからだよ」
微笑む鈴露の背中を、ミコトがバンバン叩いてにんまり笑う。
「これからは、ミコトお兄様って呼んでいいぜ」
「…断る」
「ねえ、ミコトさん、西園寺の“命”になっちゃえば?」メイが笑う。「そうすれば鈴露は、否応なしに「ミコトさま」って呼ぶわよ」
「名案だけど、俺んち高橋だし…?」
「おばあちゃまとおじいちゃまが西園寺姓になるでしょ? うちの両親と私も西園寺にして…私のお婿さんになれば西園寺になるわ」
「なる! なります!!」満面の笑みのミコト。
「…おにいちゃん、清流旅館はどうするの? 九代目になるんでしょ?」祭が眉間にしわを寄せる。
「おまえと鈴露でやってもいいよ」
「ミコト…」焦る鈴露。「お兄様って呼ぶから、ちゃんと後継いで」
「約束よ~鈴露クン!」
ミコトが鈴露にウインクすると、部屋中が笑いに包まれた。
* * *
その夜の一条家は、二組のカップルのお祝いということで、豪華な食事が振舞われていた。
「おにいちゃん…」祭がミコトにささやく。「これって“青龍盛り”じゃないの?」
“青龍盛り”というのは、清流旅館の名物料理で、翔太の父・光彦の時代から伝わるものだった。いくつもの小皿を青龍に見立てて並べてある。
「でも、“青龍盛り”って準備に半月くらいかかるんじゃなかったっけ?」
「ちょうど材料が方々から送られて来たらしいよ」龍が話に入る。「駆が慌てて料理人に用意させて、ジェットで運ばせた」
「今回、ジェット大活躍だなあ。ていうか、そういう偶然も引き寄せたのかな」
「そうね、ありがたいことだわ。正直、まだ謎は残るけど…」
「謎って?」
「西園寺華織のご宣託の意味とか…」
「それなら、もう解けてるわ」
メイは不遜な笑みを浮かべ、ミコトと祭を見つめた。
* * *




