その14
「ミコト!」
部屋に飛び込んで来たミコトに驚く鈴露。
だが当のミコトは鈴露には目もくれず、布団に横たわる凛の元へ近づき、枕元に座った。
「ミコトくん…安心してくれ。まだ“使って”いないよ」
枕元の神箒をに目をやる凛。
「そうですか…」凛の手を握り、ニッコリ笑うミコト。「では、僕が使いましょう」
「ミコト?」
鈴露がミコトの肩を掴むと、ミコトは静かにその手をほどいた。
「ただ、その前に僕は、凛おじさんにお聞きしたいんです」
「何だい…」
「おじさんにとって、助かるとは、救われるとは、どういうことでしょうか。鈴露も祭も、おじさんが長く生きることが助かるだと思っているようですが、そうなんですか?」
「おにいちゃん、何言ってるの! そんなの当たり前じゃない!」
「祭ちゃん…」凛が起き上がる。
「ご無理なさらないでください…」祭が肩を支える。
「私にとっての“助かる”とは、死にたい時に死ねること…」
「…おじいさま」鈴露が腕を掴む。
「ミコトくんは…もう知っているんだね…翔太くんのこと…」
「はい。翔太じいちゃんも、凛おじさんと同じく、幼い頃、死にかけて、龍神様のお力で生かしていただいていました」
「じいちゃんが?」驚く祭。「聞いてない…」
「じいちゃん自身が知ったのは、亡くなる数か月前らしい。祭が知らなくて当然だ」
「数か月前…?」鈴露がハッとする。「まさか、あの時、じいちゃんとばあちゃんが、うちに来たのは…」
「そうだよ。私にその話をしに来てくれたんだ」凛が頷く。
「部屋に入れてもらえなかったから、おかしいなとは思ったんだ…」
「翔太くんはね、私の顔を見るなり、ぼろぼろと泣き出した。今まで辛かったやろ、気づけんですまんかったと言って」
「それは…うちのじいちゃんも辛かったと言ってるのと同じですよね」
「そうだよ。自然の摂理に反して生きている自分を受け入れるのは、耐えがたい苦痛だ。
自分が生きているぶん、他に影響しているのではないか、このまま生きていていいのか、疑問は尽きない。それでも日々、するべき仕事はある」
「おじさんとじいちゃんは、どういう結論に至ったんですか?」
「翔太くんは、身辺整理をして旅立つと言っていた。紗由ちゃんは納得していなかった。結局、私と翔太くんの二人で紗由ちゃんを説得しにかかったというか…」
笑い出す凛に、しばし空気がほころぶ。
「翔太くんは言ってた。今まで毎日が幸せで、毎日が感謝だった。
この世にいられなくなっても、あの世から大切な人たちを見守れる自信がある。だから、死ぬなんて大したことじゃない。それより大切なのは残された人間の未来だと」
「残された人間の未来?」
「翔太くんは…華織さまの在り方に疑問を抱いたいたようだ。自分を犠牲にして、国の未来を、人々の未来を、よりよき方向へと導く作業に対して」
鈴露が異を唱える。
「華織さまが“命”としてなさったことは偉業とも言えること。疑問の余地など…」
「あるんだよ」
入って来た龍が、鈴露の肩に触れた。
「おばあさま自身は、決して、常に幸せではなかった。もっと幸せでもよかったはずなのに、その仕事ゆえ、そうはいかなかった」
「“命”とは何なのか、それに対する根本的な疑問ですよね」ミコトが言う。「紗由ばあちゃんが出てくる小説の中にもありました。“命”は、人々を幸せにするための仕事なのに、その本人が幸せでない仕組みとは何なのかと」
「おにいちゃん…」
「だから、俺は皆が幸せになるために、今この箒を使います」
ミコトは神箒を手に取った。
「使い方わかってるの?」メイが聞く。
「そんなもの、ただ使ってみればいいよ」微笑むミコト。
「でも、間違ったら…」
「正しく使えるまで使い続ければいい」
「ミコトさん…」
メイは思った。この前向きさとひたむきさはどこから来るのだろうかと。
一見、天然で、おっとりしているミコトの内側が、どんどん強くなって、分厚い扉を少しずつ押し開いているかのように感じる。
“開く…? 開くっていうのは、もしかして…”
メイが振り向き、龍を見つめると、龍はニッコリ微笑んだ。
ミコトは、神箒が入っていた箱を手元に手繰り寄せ、中に入っていた、青龍以外の飾り物と、それをくくるための紐を取り出した。
「全部付けよう」
そう言うと、朱雀、白虎、玄武も箒に飾り付けていくミコト。
「わあ、ゴージャスねえ」神箒をのぞき込むメイ。
「お、おい…使い方次第では、おまえに危険が及ぶことだってあるかもしれないんだぞ!」鈴露が言う。
「鈴露は“命”として、いろんな儀式やしきたりの中で、その力を行使してきたんだろうけど、俺は違うから。やり方に絶対なんてないから」
「頑固なところが、紗由ねえさまにそっくりだわ」
華音が笑うと、凛も笑った。
「そうだね。そっくりだ」
「おじいさまの願いは、死にたい時に死ねることだ。それを妨げる権利は誰にもない」
鈴露が声を荒げると、今度はミコトが笑う。
「凛おじさんは、今すぐ死にたいだなんて一言も言ってないじゃないか」
「あ…」
「麗さんが走馬さんと結婚して、鈴露との親子関係も修復できて、鈴露も祭と結婚する。そんな目出たい時に死にたくないなあ、俺だったら。喪に服してたら結婚が延びるし、何か迷惑かけてるみたいになるじゃん」
「おにいちゃん! そんな言い方…」
「それに…」ミコトが神箒を祭の腹に当てた。「やっぱりそうだ。こうするとピカピカが見える」
「ピカピカが見えるの? すごいわ、ミコトさん!」
「まさか、ミコト…」
鈴露はミコトを強く見つめた。
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