その1
『紗由・翔太之巻』その1、その2の2冊を読み終えたミコトとメイは、ため息をついた。
だが、その意味合いはそれぞれに違っていたのかもしれなかった。
メイの前にもかかわらず、ボロボロと泣き始めたミコト。
「み、ミコトさん…?」
何も言わず、ただ涙を流し続けるミコトの姿に慌てるメイ。
「あ、あの…大丈夫?」
「これ…全部読みたい」目の前に積まれている本を見つめるミコト。
「ミコトさん…?」
戸惑うメイをよそに、ミコトは本の山を抱えて部屋を出て行った。
「あ…」
メイは思った。
“何だろう、この違和感。ミコトさんが祖父母の物語を読んで感銘を受けたのはわかる。
そしてミコトさんも私も清流旅館のこと、青龍さまのこと、翔太さんや紗由さんのこと、西園寺家のこと、知識が増えた。
でも気のせいかしら…解くべき問題の核心から、どこか遠ざかっているような…”
メイは大きく深呼吸した。
“そうだわ…情報過多なんだわ。しかも、一条家の謎とか、余分に思えるものに気を取られている…でも…それもヒントのうちなのかしら?”
メイはふーっと息を吐いた。
「行き詰ったら、体を動かす!」
メイは大声で叫ぶと部屋を出た。
* * *
メイは池をぼんやりと眺めていた。
“チビ翔太くんが落ちて、死にかけた場所…”
座ってのぞき込むメイ。
青龍の姿が水面に浮かぶ。
“わっ!”
「どうしたの、メイちゃん!」
後ろに転んだメイのところへ、祭が駆け寄ってきた。
「あ…えっと…足がちょっとすべって…」立ち上がるメイ。
“今のって、どっちの青龍さま? 若青龍さまと、おひげの位置が違ってたような…”
祭に答えながら、メイは必死に先ほどの青龍の姿を記憶に留めようとする。
「それより…おかえりなさい。皆さんも一緒に戻ったの?」
「ええ。あそこに」
メイが見た方向には、真里菜を先頭に楽しそうな女性陣の姿があった。
「真里菜おばさまたちが張り切ってて…」下を向いて笑う祭。
「でしょうねえ。ダブル挙式ですもの」メイも下を向いて笑う。
「ただ…西園寺が“命”システムを離脱した関係で、伊勢での挙式はちょっと…」苦笑いする祭。
「そう言われれば、そうよね…」
「鈴露さまのご両親も、華やかな場に出ることに抵抗があるらしくて」
「じゃあ、どうするの?」祭を見つめるメイ。
「うちで、清流旅館で式を上げようかということになって」
「ああ、なるほどね。ここって挙式プランもあったわよね。前にネットで見たことがあるわ」
「翔太じいちゃんが神前結婚の宮司さん役をしてたの。だから…」
「駆おじさまが代わりにお役目を?」
「ううん。父さんはそれをしないように言われてて…」
「何で?」
「そういうの、一代おきなんですって。翔太じいちゃんの前は、ひいひいおじいちゃんの跳治さんがやってたらしくて」
「てことは、宮司さん役はミコトさん?」
「そうなるわよね…」
「やったことあるの?」
「全然」
祭の答えにメイは、くるりと体の向きを池のほうに変え、池を覗き込んだ。
“青龍さまがミコトさんの体に入ってやってくれればいいのに…”
その瞬間、再度、龍の姿が水面に浮かぶ。
“わあっ!”
再び足を滑らせるメイ。今度は足が前に滑って池に落ちそうになる。
「危ない!」咄嗟にメイの腕を掴み、後ろに引く祭。
「あ、ありがとう」体勢を立て直すメイ。
「気を付けてね。何かこの池、うちの跡取りは代々落ちてるみたいで」
「代々?」
「翔太じいちゃんが子供の頃に落ちたのを筆頭に、とうさんや、おにいちゃんも」
「ミコトさんも?」
「それから鈴露さまも」思い出し笑いをする祭。
「へえ…」
“まさか、みんな、時間をかき混ぜたり分別したりする力を持ってたりして…?”
「そういえば、おにいちゃんは?」
「読書中…場所はわからないけど」
「ああ、きっと祭壇のある部屋だわ。あそこは昔から、本を読む場所だったから」
「私ちょっと様子見て来るわね」
「じゃあ、私も…」
二人は旅館に入っていった。
* * *
祭に連れられるようにして、翔太と紗由の祭壇がある広間へと戻ったメイは、部屋に入る時に、不思議な感覚に見舞われた。
“蝶が…たくさん舞っている…読んだ小説の中にも出てきてたわ…蝶…でも、これは現実の蝶ではない…”
「おにいちゃん!」
祭がミコトに呼びかけたが、ミコトはものすごい集中力とスピードで本をめくり続けていた。
「ミコトさん、速読できる人なの?」
「さあ…」
いつもと様子が違うミコトに、祭も戸惑いを隠せない。
そこへ鈴露が入って来た。
「祭! ミコトを止めろ!」
「は、はい…」
祭がミコトに駆け寄ると、ミコトは、飛んでいた蝶を吸い込み、その場に倒れた。
* * *




