〜present〜背中までの距離
PM2:00―
女は買い物を済ませ帰宅した。
そして何をするよりもまず、先程購入してきたお気に入りのCDを聴く事にした。
ずっと曲名が判らず気になっていた事が1つ判明した為、やたら上機嫌だった。
女は歌詞カードを見ながら、始めてフルコーラスを聴く。
(切ないけど、こんなに人に想われたら幸せだなぁ。 shellyの『灯りの消えない部屋で』かぁ。いい曲見付けちゃったな)
女は2回繰り返して聴き終えるといつもの癖でTVの電源を入れた。
TVはいつものワイドショー。
(あっ、もぅ少ししたら幼稚園から帰ってきちゃう)
慌てて買い物してきた物を片付けだした。
その時――――。
TVから朝と同じ様に『灯りの消えない部屋で』が流れ出した。
(今日はよく流れるわねぇ)
そう思いながらフッと画面に目をやると、ワイドショーのニュースの1つだった。
「昨夜未明、人気ロックバンドshellyのボーカル、ナツ。本名、中澤夏月さんが自宅で死亡しているのが発見されました。〜」
「えっ!?」
女は自分の耳と目を疑った。
「嘘っ............ナツ!?」
(まさかっ。ね!?)
しかし、そんな都合のいい解釈は次の瞬間脆く壊された。
TVに映し出されたのは、かつて愛した人。
いや、今でも愛している人だった。
「いや―――――――――――――――――――――っっっっっっっ!!!!!!!!」
女はこの曲が自分の為に創られたのだと一瞬で解った。
そして、その場に崩れ落ちた。
もぅ何も考えられず、ひたすら涙が溢れ出る。
(何で?どうして?)
同じ事ばかりが頭を駆け巡った。
(ナツ、ナツッ!ナツ!?ねぇナツゥ??)
「ガチャ、バターン!」
「タダイマ〜。ママー!」
幼稚園から子供が帰ってきた。
「あっ、おかえり」
「ママ、何で泣いてるの??」
「ううん、何でもないわよ」
「????」
「ねぇ?」
「な〜に?」
「パパ好き?」
「うん!大好きっ」
子供は今の旦那の子ではなかった。
無理矢理結婚させられたミカンのせめてもの抵抗で、旦那との情事にはピルを服用していたのだ。
目の前の子は、あの夜、酔っ払ったナツとの間に出来た子だった。
そうとも知らず、旦那は我が子だと喜び育ててきた。
(この子は、一生違う人をパパと呼ぶ)
目の前で嗚咽混じりに泣く母を見て
「ママ、大丈夫?ボクが側にいるよっ!」
そう言って笑った。
その笑顔はまさしくナツそのものだった。
「ありがとう、夏希」
限りなく不純に近い純粋。
せめて、
「ナツ」と呼び続けたいとの想いから子供に夏希と名付けた。
(何度、あの人の背中に辿り着きたいと思っただろう。)
その背中までの距離はやっぱり埋められないまま。
愛しさはもう、一人よがりでしかなかった。