rosarioーナラタージュ
全てが思い通りにいってるかのように見えた。
デビュー曲はいきなりTVドラマのエンディングに抜擢され、様々なメディアで取り上げられた。
最初こそメンバーは勿論、ナツ自身も喜び、ある意味達成感に包まれていた。
しかし、ナツの中で微妙な心の変化が少しずつ、でも確かに起こり始める。
「ナツ、最近元気ないけど、なんかあった?大丈夫か?」
「別に何もないよ。ありがと、アユム」
いくら曲が売れようが、評価されようが、ミカンは帰ってこない。
そんなことはとっくに分かってた事なのに。
(この先、俺は何を頼りに生きていけばいい?)
目標の為にだけ必死で生きてきた人間は、それを達成してしまうと、気が抜けたようになる。
達成感の後にくる、喪失感にナツは苛まれる。
感情は煩わしさを伴った。
着けっ放しのTVから流れる真夜中のコメディ。
自室で電気も着けず塞ぎ込むナツ。
虚ろぐ瞳
笑えない喜劇
何をしていても虚しかった。
独りきりの部屋で、ぶり返すのは、クラシカル.ナラタージュ[過去を回想する]
(「バッカじゃない!?」今迄何度聞いただろう?)
(「ミカンっ」今迄何度呼んだだろう?そして、これから何度返事のない君を呼び続けるだろう?)
(繋いだあの日の君の手を、ずっと護れると信じて疑わなかった)
記憶は不確かすぎて、絶対だったミカンの顔も声も時間によって色褪せ風化してゆく。
とっくに忘れてしまった温もり。
今は遠すぎて、傷つく事もままならない。
しかし、それは確かに自分が愛した人。
(天使になりたい)
偶然に期待しながら、無意識にミカンに似た人を捜しながら、人違いしながら生きる事に疲れきっていた。
(もぅ、頑張れねぇや)
そっと机の引き出しから取り出したのは、以前ピカチュウから購入したトカレフ。
「ミャーン」
ナナ吉がナツの膝の上に上がり込んだ。
「ナナ吉、今迄ありがとな」
生き方が不器用だとしても
デタラメな軌跡を影踏みしながら
遠回りしながら
僅かなキラメキを拾いながら歩いてきた。
でも今は、美しくも哀しいそのキラメキの断片を大切だと言って拾ってくれる人はいない。
永久に終わりのない憐哀[れんあい]のメリーゴーランド。
「南、サクラ、コヤジ、お前ら勿論一緒にいんだろ?俺もお前らに会いたくなったよ。どこで待ち合わせっかなぁ?首吊り台か?ハハッ」
「ミカン、ちょっと先に逝くよ。君のいない世界に」
「パーン!!!!」
ララバイ[子守唄]はソリッドな銃声。
通報によって駆け付けた警官が部屋に入ると、ナツは右手にトカレフ、左手でしっかりとロザリオのネックレスを掴み、膝の上ではナナ吉が静かに息を引き取っていたとの事だった。
中澤 夏月
享年25歳――――――
天使になったナツ
翼がなくても好きな場所へ自由に飛んで行けるだろう。