Cageー刺青慕情
不埒な夏が惜しむことも無く熱線を撒き散らし
あれだけ近くデカかった灼熱の太陽は小さく遠のき
焼けたアスファルトの匂いも懐かしい秋へと移ろいだ。
ナツとコヤジは毎週あるビルへ通っていた。
その中の一室。
ナツは上半身裸になり、汗臭く汚い布団の上にうつ伏せている。
部屋中に反響する機械的な音。
まだ若い20代の作務衣を着た男がナツの背中の上で手を彷徨わせている。
作務衣の男は右目の下に涙マークを彫っている英太郎という彫師で、ナツとコヤジの2人に刺青を彫っていた。
ナツの背中に描かれていく、月下美人[夏の満月の夜にだけ数時間咲く花]と鳳凰が少しずつ完成に近づいてゆく。
額を走る汗。
刺す針は容赦なかった。
その痛みを例えるなら、錆びきったカッターで刻まれている感じ。
しかし、その痛みを持っても心の痛みには、これっぽっちも届かなかった。
目を閉じて、唇を噛み、痛みを求めるかのようにジックリと味わう。
「大丈夫?もう止めとく?」
英太郎が気遣う。
「まだいけます」
ナツは完成を急いだ。
1日でも早く自分を変えたかったから。
部屋の中は、いつの間にかトランスが流れていた。
(あっ!?この曲)
南が好きだった曲が流れ出した。
(南、どうしたら俺は変われるかな?なぁ、教えてくれよ)
ナツの目に光る物を見た英太郎
「痛かった?」
「いえ、汗が入っただけっす。気にしないで下さい」
こうして2人は極道の道へ一歩踏み出していった。