Cageーインモラル
その夜、ナツはコヤジとバニラのカウンターに並んでいた。
珍しく派手に酔うナツを見て
(当分は傍にいてやろう)
コヤジは考えていた。
酒で忘れられるならいいが、目覚めたらきっと心細さに自分を見失うだろうから。
これから先、怠惰と暴力の日々に酔いどれて、男として残されている一握りの美学までもが欠落してしまうとしても、ナツを放っておけなかった。
[青臭い]なんて言葉では到底片付けられない。
裂けたザクロのような十代を迷いながら生きてきたナツを、何も知らない奴等にインモラル[不道徳]と呼ばせたくないから。
気が付けばいつもコヤジが居てくれた。
それが平静との媒介となる最後の砦だとはナツ自身が気付かない程、自然で寛大だった。
「なぁ、コヤジィ。生きてるだけで傷つく事っていっぱいあんだなぁ?」
カウンターに頭を乗せて、グラスの中の氷をカランと鳴らしながら、呂律の回らない口調で訊ねる。
「何言ってんの?今迄慘々色んな奴傷付けて来たくせに......ってサリーなら言うだろうな」
サリーとアユム、マーサは音楽を本気でやる為に東京に行ってしまった。
「だよなぁ。ハァー、全っ然駄目だ。辛い事いっぱいあったのに、サッパリ打たれ強くなんねぇわ。ハハッ」
「バーカ。辛さや痛みや、哀しさ淋しさがあって初めて優しさが生まれんだろ?打たれ強くなる必要なんてねぇよ。お前はその分、人一倍優しくなれてんだよ」
コヤジはマッチで煙草に火を点けて煙りをくゆらせた。
「そっか。サンキュ」
ナツは目を閉じてコヤジの言葉を何度も咀嚼[噛み砕く]してみる。
そして声に出さずに呟いた。
(でも、その優しさで誰かを傷付けてしまう人間はどうすればいい?)
窓1つ無く光の届かない地下室の中で、辛うじて自分の存在を示してくれるマッチの灯りは頼りなく揺らめく。
(このマッチが尽きたら俺はどうなるんだろ?)
ぼんやり思いながら、アルコールに触発された眠気に呑まれて行った。
隣で寝息を立て始めたナツにコヤジは申し訳なさで頭を抱える。
(この男は俺の知らない辛さをどれだけ越えてきたんだろう?)
計りかねる哀しみの深度を少しずつでも埋めてやりたいと思うコヤジ。
「ナツ、俺は一緒にいてやるよ」
ナツの寝顔が一瞬微笑んだ気がした。
右耳に飾られたブリリアントカットされたガラスのピアスが淋しく光る。
受け入れたくないアクチュアリー[現実]
受け入れなければならないアクチュアリー。
その真ん中で血涙に浮遊しながら十代が錆びついていった。