Cageー輪廻する痛み
数日後
久し振りに快晴となり、ナツは街を宛てなく徘徊していた。
昼を回ったばかりの平日は働く人が目立つ。
6月の穏やかな風と、何よりもこの明るさが心を少しだけ軽くした。
ブールバール[並木道]を歩きながら一時の安息に身を任せていると、少し先の方で歓喜の声が上がる場所があった。
(教会かぁ)
小さな教会にフッと目をやると、そこには大勢の人々から祝福を受けながら赤い絨毯の上を歩くブライダルカップルがいた。
ジューンブライド―(いずれミカンと)
一度は本気で考えた光景がそこにあった。
今のナツには考えられない程の笑顔が零れている。
花嫁が花束を持って後ろ向く。
女達は待っていたとばかりに集まり花嫁の後ろで待ち構える。
次の瞬間、フラッシュと歓声の中ブーケは勢いよく宙を舞った。
「あっ、強く投げすぎちゃったぁ」
花嫁が言った。
事実、女達の予測した落下地点を悠に飛び越え
「あぁっ」
という声と共に全ての人の視線がブーケの行く先に集まった。
幸福の花束の放物線。
その延長線上に立っていたのはナツ。ブーケはナツを目がけたかのようにユックリと手の中に落ちてきた。
唖然とするナツ
「うっそー」という声と落胆のため息が注がれる。
ナツは誰に言うでもなく
「すいません」と頭を下げた。
心の傷を広げるような出来事。
いたたまれない。
立ち去ろうとした瞬間、花嫁と目が合う。
純白のドレスはあまりにも眩しくて、目をすぐ外そうとしたのに外せなかった。
「ミカ.....ン!?」
最悪なシチュエーション、最悪な気分。
ミカンはアウトサイダー[部外者]としてのナツにも綺麗過ぎた。
ミカンが腕を絡める新郎は優しい眼差しを称え、人柄の良さが窺える。
ナツは場違いな自分に気付き、ブーケを足元にソット置いて走ってその場を立ち去った。
落ち着いてきていた心が動揺して鼓動が増していく。
(連れ去りたかった)
しかし、あの笑顔を見たら砂上の楼閣でしかなかった。
結局逃げるしか出来なかったナツ。
今ようやく、裏切られた事を認めさせられた。
心のどこかで
「好きな人が出来たの」が嘘であればと願っていたのに。願いは虚しくも見事に打ち砕かれた。
「まだ壊れる所が残ってるのか?」
モノローグ[一人言]は教会から聞こえる鐘の音に浚われた。
傍にある街路樹に身を預ける。
輪廻する心の痛みに、倒れそうになるのをぐっと堪えた。