Separateー壊れた心
別れの日は涙を誘うような、雨の夜だった。
1人の男が大事な人を失った
1人の男が幸福に裏切られた
1人の男が神にさえ手を上げた
1人の男が優しさを放棄した
街行く人は誰も知らない。
ここに佇む徒花[咲いても実を結ばない花。むだ花]が、一条の光を求めている事を。
他人事の先には、やはり他人事。
このままでは、水が多すぎて花も咲かせられず、やがて根は腐食し枯れてゆく。
If―誰かがそっと傘を差し伸べてくれたなら。
美麗な花くらい咲かせられるのに。
If―誰かがそっと話掛けてくれるなら。
少しは傷も癒えるのに。
別れの日は涙を誘うような、ありがちな雨の夜だった。
誰にも気付いてもらえない徒花は花を開けずに、心無い雑踏の濁流に踏み潰されていく。
コンクリートの上では土にも還れずに。
(明日が晴れだろうが、雨だろうが、もぅ関係ねぇ)
ナツは自分をもっと傷付けるかの様に、まず選んだのは、見せ物になり蔑視を浴びる事。
今、正にボロ雑巾のようなドブネズミに、短時間の現実逃避。
まるでナナ吉のようだった。
「邪魔だバカッ!!」
ナツの肩にぶつかったのは、全身赤色の服に着られているギャング気取りの3人組。
現実に引き戻されたナツの瞳は零下に凍ったように冷たい。
暴力―
心の悼みを和らげた
そこに良心を咎め立てする物は、もぅ何1つ存在しない。
ただ爆発しそうな欲求にアージ[催促]されるがままに殴り続けるだけ。
心を巣食うマリス[悪意]―
毒々しい蜘蛛を黙らせるには最高のアスピリン[餌]。
囚えられた蜘蛛に与えられた世界は小さな虫かごの中だけ。
持て余した時間で巣を張り巡らし、来る日も来る日も、大きな餌を待ち続ける。
小さな網目から自分が出られないのも考えずに。
そんな飢えた蜘蛛の巣に、蝶を戸惑いなく閉じ込められる子供が持つ残忍な純真。
ナツを今支配しているのは、それだった。
いつの間にか取り囲む、傍観者と悲鳴のサイン。
「赤が好きなんだろ?感謝しろよアカレンジャー。」
本来ベージュの部位が赤く濡れている3人。
煉獄[天国と地獄の狭間。カトリックで死者の魂が火で罪を浄化されるという場所]で乱心したかのように暴れ狂う激情の悪童。
ナツは3人が喋れないのを確認して唾を吐いた。
「邪魔だバカ。そんな所で寝転んでじゃねーよ」」
そう言うと1人の顔面を蹴り上げ、近づくサイレンから遠ざかった。
そして最悪なサディストは、極上のマゾヒストを一晩中探し歩いた。
東の空が明るくなり始めた頃、灯りを消した部屋の片隅で膝を抱くナツがいた。
街では散々な場所で通り魔を捜索しているハズだ。
今も下の道をパトカーが街方面へ向かった。
「バーカ、尋ね者はココだぜ」
両の拳を覆う紅くベタつく液体を見つめながら、深い深いため息をついた。
すると、自然に本当に自然に涙が流れ落ちた。
止めることも出来ず、虚空にむせぶ。
闇の中で壊れてゆく自分に怯えながら。
街を濡らした涙雨も、ようやく止んだ6:00頃。
ナツは泥のように眠りに就いた。
この時だけは、夢のまにまに安らぎを貪った。
目覚めれば、誰かのせいに出来ない現実が再生されるから。
夢の中
ミカンに言いそびれたセリフを伝えていた。
「結婚しないか?」
涙を浮かべ喜ぶミカンを抱き締めてみても、温もりは感じられず、夢の中で夢だと気付く。
しかし、夢なら夢でも構わなかった。
眠りの中で、夢に生き続けたいと強く願った。
なのに、夢の中のミカンも、抱き締めたナツをすり抜けて、1人で夏を追い掛けていく。
そして、
ナツは春にも置いていかれた。