Separateー君の名を
「バイバイ、ナツ」
破顔するミカンを見て、最後に抱き締めたい衝動にかられたが、途中まで伸ばした右手を引き戻した。
「じゃあな」
小さく手を振る。
まるで明日又会えるかのように軽く。
ナツに背を向け歩き出したミカンの肩越しには、滲んだ日常と六角形の光の結晶が万華鏡の様に溶けていく。
ナツの目に溜まっているのは雨。
不思議にも涙が出ない。
(哀しみに慣れたのか?)
いや、虚栄が辺りの人に反応して涙を堪えられたのだ。
誰一人見ていないのに。
皮肉にもミカンが選んだ場所が男としてのナツを守ってくれた。
最後の一分に何も出来ず、どうでもいい男のプライドだけが救われた。
(これじゃ、愛想も尽きるよなぁ)
ミカン―
(最後にもう一度名前を呼びたかった)
それを待ってたかのように振り返ったミカン。
その顔は、雨で濡れているのか、涙で濡れているのかもう判らない。結局、名前を呼べずに無理に微笑むだけだった。
ミカンは何も言わずに又背を向け、蝶の様にヒラヒラと飛んで行く。
ナツはそれを見失わないように、瞬きせずに見つめた。
残っていた右銀翼さえも打ち壊され、両翼を喪ったナツの飛行機。
飛ぶことすら赦されず、墜落してゆくだけ。
堕ちていく途中
(天使になれたら、あの蝶を捕まえられるのに)
そんな事を考えていた。
置き去られたナツ。
哀しいあだめきを帯びた去り行く蝶を、やっぱり人ゴミに見失った。
愛し合った2人は
偽ったことで擦れ違い
思いやった事で深みに嵌まり
愛したが為に他人同士に還っていった。
「生きてくには哀しい事が多すぎる」
ナツの独り言は、誰にも聞こえることなく、静かに消えていった。