Separateー哀しい言葉
「俺より好きなのか?」
「うん」
ミカンは小さく頷く。
「ふざけんなよっ!」
喉まで出掛かったセリフをギリギリで押し戻す。
空からは涙雨。
たちまち恋仲の2人をスブ濡れにしてゆく。
辺りを通り過ぎる人達は、すぐそこで小さな小さな恋が終わりを迎えているなんて無関心で、手持ちの傘を広げていく。
ナツは冷たい空気を呑み込み、心の熱を少しでも冷まそうとする。
(俺より好い人がいて、
そしてソイツを好きになった。
ただそれだけの事。
心変わり。
よくある話)
「ふぅ、分かった」
平静をかき集めてやっと言えたあまりにも短い一言。
ミカンは物分かりの良すぎるナツに傷つき
そして
目の前に居る愛しいと想える人の心が震えているのを見て遂に泣き出した。
(今ならば暗闇と雨の滴が涙を隠してくれるハズ)
愛する人を苦しめる事で心は嫌悪に苛まれ、限界はとおに越えていた。
「ねぇっ!ホントにいいの?そんなモンだったの?」
ミカンは悔しさから訊かずにはいられなかった。
最初から最後まで冷静でいようと思ったのに、気持ちに歯止めが掛からない。
しかし、ナツは心を定めていた。
今迄何も望んだ事の無いミカンが初めて望んだ事。
[別離]
こんな形ではあるが、今まさにやっとその時が訪れたのだ。
ミカンが望む事なら何だって叶えるつもりだったナツに。
(好きな女の願いを叶えることは全て倖せに通じてると思ってたけど、そうとも限らないらしいな)
皮肉にも口角は吊り上がる。
沈黙を続けるナツに
(少しくらい強引に抱き締めてくれたら)
期待せずに願うミカン。
ため息で壊れてしまいそうな切実は、1mも離れていないのにナツに届かない。
「ナツ。我慢することは優しさじゃないよ。何で言ってくれないのっ?『ふざけんなっ』て」
それでも黙っているナツに、ミカンは諦め顔で言った。
「ごめん。自分勝手だね。こうなるの分かってたのに.....ナツ優しいから。でもね、その優しさは嘘だよ。時にはがむしゃらなナツも必要だよ?ナツは優し過ぎるよ」
ミカンの口から紡ぎ出されるのは哀しい言葉ばかり。
ナツは優しさを肯定しながらも、人間を否定された気がした。
(優しさって何なんだ?人を傷つけるだけなのか?)
自分を振った6人目の女の口から出た
「ヤサシスギルヨ」
何度も聞いたフレーズが頭蓋骨の中で震える。
やりきれない目眩に襲われた。
ナツの言葉を聞きたがるミカン。
ナツはようやく口を開いた。
「風邪ひくぞ」
その一言はミカンを切りつけた。
「何でそうなのっ!?何で最後まで優しくすんの!?もう少し理由訊いてよ!もう少し怒ってよ!!もう少し引き止めてよ!!!何もかももう少し足りないのよっっ!!!」
ミカンの薄い唇が激しく上下するのを雨粒のブラインド越しに見つめていた。
「だって、もう答え出てんじゃん。終わりって」
そう言ってナツは、2人に残された時間があと僅かだと感じとった。