〜Separate〜救いようのない1分
その年のクリスマスの夜。
ナツはミカンとの待ち合わせ場所へと走っていた。
時計の針は19:15
「やっば!遅れちゃったよ」
急ぐナツの胸には、バースデープレゼントでミカンに貰ったロザリオのネックレスが揺れる。
赤い橋の上では、白いコートにくるまれた小さな女の子が頬を膨らませ、怒ったフリをしている。
「マジ、ごめんっ!来る途中に火星人に偶然会っちゃってさぁ、そいつが言う訳。『道に迷ったから教えて』って。それで遅れちゃいましたっ」
「バッカじゃない!?」
ミカンの口癖を聞くと、ついナツは笑ってしまう。
そして、本当はプレゼントのピアスを受け取りに行って遅れた事は黙っておこうと思った。
「で?その火星人はどこに行きたかったの?」
「えっ!?えっと、あそこ、え〜、あっ!靴屋さん」
「何で?」
「何かさぁ、裸足は痛いって」
「ふ〜ん。もしさぁ、次にまた会ったら言っといてよ。靴より服買えよ!ってね」ミカンはいつだって、こうやって合わせてくれた。
ミカンは多くを望まない娘だった。
「何か欲しい?」
「何がしたい?」
訊くだけ無駄である程に。
ただそこにナツが居てくれたら良かった。
ナツはいつも羨望の眼差しに晒された。
橋の真ん中で笑い合う2人の頭上から、汚れる寸前の真っ白い綿雪が落ちてきた。
「おぉ!すげぇ」
空を仰ぐナツは、思い当たりのない不愉快な不安に囚われる。
(この白い螢が全てを埋め尽くしてしまうのではないか?)
しかし、それを否定するかのようにミカンが嬉しそうに言った。
「ねぇ、知ってる?クリスマスに降る雪は、サンタさんがそこを通った時なんだって」
「てことは、今この上をサンタが通り抜けたってこと?じゃあ、雪が降んねぇ所にはサンタ来ねぇの?」
「何でそう夢を壊すの!?現実に戻さないでよぉ〜」
ナツの心に依存しそうだった悪しき不安に安堵の洗礼をもたらしてくれた。
辺りを行き交うラウ"ァーズ。
その誰もが立ち止まり天を見上げている。
この時だけは、誰の心にも浅はかな打算も不実さも見つけられなかった。
「ハッピー クリスマス」
ミカンを後ろからソット抱き包む。
小さなミカンの頭の上には丁度ナツの顎が乗り、スッポリとナツに覆われた。
ミカンは倖せを噛み締めながら
「ナツ、来年もココで待ち合わそうね?」
任意の同意を求める。
言葉数少なく、短い中にも叙情の綾が確かに在った。
ミカンの未来に自分が存在している事が、単純に生きる意味を作ってくれた。
「来年は遅れないようにするから」
街の灯り
華やぎ
喧騒さ
全てを凍てつく吐息のオブラートが包み込む中で
降り積もる白い喝采だけが鮮やかに浮き彫られてゆく。
流線型の2つの淡いシルエットは
仄かに
そして静かに
埋もれていった。