Destinyー躊躇いながら
「ねぇ、チューしてもいい?」
ミカンの何気ない言葉でナツは今、ブレーキのイカれた車に飛び乗った。
(目の前の急な下り坂は、ニュートラルのまま惰性に身を任せるのもいい)
いつか、ブランチロード[分かれ道]があると分かっていながらも。
この気持ちは見過ごす事は出来なかった。
安定したステレオタイプ[マンネリ]を抜け出してしまう怖さ。
それよりも、この先に広がる2人だけの領域を覗いてみたいと願ってしまった。
2人の唇がゆっくりと重なり、冷たいカクテルを飲んだばかりのミカンの唇に微熱を奪われていく。
砂場に伸びる2つの星影が溶けて1つに混ざり合う。
目を開き、見つめたミカンの瞳に映っているのは間違いなく自分なんだと陶酔してゆく。
天から今にも星が落っこちてきそうな澄んだ夜。
(この娘が好きだ)
ナツの疑問は確信へと変わった。
ナツとミカンは出会ってすぐ付き合い始めた。
全てをミカンに話し、少し躊躇うナツをミカンが押しきる形で。
ナツの中でくすぶるウェーバー[ためらい]
サクラ―
本当は今でも哀しみを受け止めるだけで精一杯なのに。
サクラを忘れてしまいそうな自分に嫌悪を感じた。
そんなナツを見てミカンは
「悲しい時は悲しいままでいいよ。無理に笑うと心が割れちゃうから。自然にミカンと笑えるようになるまでゆーっくり前に進も。その人の事も忘れなくていいから」
「アリガト」
ミカンの膝にすがって泣き出したナツは、この時初めて[アリガトウ]の意味を知った。
この頃からナツの周りでは微妙な変化が表れだした。
昨日バニラに顔を出すと
サリーのリーゼントはオールバックに
ハチベーはパンチパーマからアイパーに
「コヤジは何も変わってないの?」と訊くと
携帯の着信音を『東京砂漠』から、『東京』に変えたと答えた。
「東京繋がりかよっ!だったら『TOKYO CITY NIGHT』だろっ」
そう言いながら頭の中で
(時には今迄大切にしてきた事でも、手放して前に進まなくてはいけないのかもしれない)
と考えた。そして
(俺も変わっていこう)と
堅く決めた。
それからナツは自ら縛った鎖を解き、ミカンを知れば知る程それに比例して惹かれていった。
幸せだと思えるのに、それでも(出会うのが遅すぎた)と惜しむ程、贅沢に。
いつしかサクラへの執着は浄化されていった。