Nightmareー桜散る
これで日記は終わっていた。
(サクラは全部忘れられただろうか?俺の事も忘れたかったのだろうか?)
そう思うとナツは場所も気にせず声をあげて泣いた。
そこへ刑事が入ってきて気休めにもならない戯言をナツに向けた。
そして、
「もぅ少し落ち着いてからにしよう」と出て行こうとする刑事の腕をナツは掴む。
「オィッ!絶対見つけろよ!こいつら許さねぇ、ブッ殺してやるっ」と、喰ってかかった。
刑事は、さも馴れたように
「少し落ち着け」
と言って部屋を出て行った。
残されたナツは、まるでドクマ[宗教上の教え、信条]に踊らされた道化師の気分だった。
この1ヶ月サクラは嘘だけで造られていた。
ナツはサクラが死に至るまでのプロセス[過程]を幾つも見落としていた。
サクラの心の痛みが、今更になって必要以上に悲哀のドアを乱打する。
サクラがかつて好きだった赤い橋の上に立ってみる。
(同じ物を見て、同じように感じるのだろうか?サクラの見てた景色は本当にこの景色だったのか?)
答えは南を連れて行った死神が奪って行ってしまった。
「サクラァ、最後に見たこの世界は綺麗だったか?」
そう言ってナツは昔
「この匂い好き」
とサクラがくれたアナスイを餞に岡本川へ手向けた。
「向こうに行ってトルエンの匂いじゃ、南に笑われんぞ」ナツは淋しく笑う。
(南悪い。俺の桜も散ってったわ)
サクラと駆け抜けた、たったの5ヶ月
まさに春の夜の夢。
心の中でナツは、何も出来ないまま大切な人間を2人も喪った悪夢のような事に対しての悔恨の嘆きをリフレイン(繰り返す)していた。
(一体どれだけ強くなればこの悲しみを乗り越えられるのだろう?)
岡本川の水面に写る6月のくすんだ灰色の空。
(落ちてくればいいのに)
ナツは小さく願ってみた。ナツは1人の少女の涙の海に小舟を浮かべ、壊れた思い出という時計の針を巻き戻そうてしてみたが、6月23日以降の思い出が出てこない。
やっぱり悪夢ではなく現実なんだと確信させられた。