Nightmareー月の雫
サクラは電話を切るとその場に泣き崩れた。
いくらトルエンに苦しみを預けようとしても現実から逃してくれないのは、苦悩が大き過ぎたから。
(来て欲しい)
(来ないで欲しい)
身を引き裂くようなジレンマー
弱さに負け、決心がぐらつく覚悟で、ラリったフリしてナツに電話した。
「来ないで!」
そう言ったのは、弱さ故の強がり。
愛してるが故の自責。
(たぶんナツはもうすぐここに来る)
そう思った矢先、ティモシーの音が下で止んだ。
サクラはゆっくりと立ち上がる。
ナツが屋上に辿り着くとサクラはフェンスの向こう側に居た。
金色の長い髪の毛が左から右へ流れるゼファー[そよ風]に梳かされる。
「来てくれたんだ。よかった」
振り返らずサクラは言う。
「当たり前だろっ。つーか、何やってんだよ!取り敢えず、こっち来いよ。なっ!?」
「取り敢えず.....好きだったなぁその口癖」
ゆっくりと近づくナツに
「お願い、来ないでっ!」
これ以上ないくらいの哀しい声でサクラが言う。
「ちょっと待てよ。何でこんなになってんの?俺のせいなら言ってくれよ!俺、頭わりぃから分かんねぇけど治せる事は治すからさぁ!」
「違うよ。ナツに悪い所なんてないよ。むしろ優し過ぎるくらい。まぁそれが悪い所かもしれないんだけどね」
「じゃあ、何でだよっ!全然説明になってないし、訳分かんねぇよっ!!」
ナツは近づいていいのか悩む。
「ナツ」
「何?」
「会えてヨカッタ。大好きだよ」
一瞬振り返ったサクラの顔は、あまりにも飾り気のない笑顔で、ナツはその翳りのない表情に気を奪われた。
その隙に、サクラは飛び込んだ。
ナツを想えば想う程に歪む、手を伸ばせば触れられそうな満月に。
あっさりとそして呆気なく目の前から消えた華奢なアマン[恋人]
何も出来ないまま
何をする事も思いつけないまま
ただ呆然と落花する月の雫を見つめていた。
ナツに与えられたのは
底無しの絶望
絶対のソリチュード[孤独]
「またかよっ!優し過ぎるって何なんだよーっっ!!!!!!」
軽薄な闇が、暁を永久に遠ざけているような真夜中
「サクラァー」
ナツの叫び声は風に掻き消され月まで届かなかった。