Nightmareー月夜の螺旋
乱雑にそびえ建つ鈍色の谷。
そこに千切れかけた太陽が呑み込まれ、それを追い掛けるように紅い満月が登った。
「そろそろ帰るね」
サクラはナツの
「送るよ」という言葉を妨ぎり
「今日は一人で帰らして」と部屋を出ていった。
ナツは考えている。
数時間前サクラが言った
「アリガト」という意味深なセリフが頭の中をグルグル回っていた。
1人苛つくナツ。
胸のずっと奥に引っ掛かっている“ムカツキ”
喉から手を突っ込んで引っ張り出し、ゴミ箱に棄ててしまいたかった。
その為、夜はなかなか寝就けなかった。
睡眠への誘い水に呑み始めたビールの空き缶が4本床に転がっている。
「酔えねぇ」
窓という四角いキャンバスに悠々とブラ下がっている月にぼやいた。
6本目のビールを開けようかと悩んでいると、それを止めるかのように携帯が鳴った。
時計に目をやると24時を回っている。
サクラからだ。
「もしもし、どうしたんだ?」
「ナツの声が聞きたくなってね。アハハハッ」
喋りがスローだ。
「お前、ラリってんのか!?」
「ラリってないよぉ〜。ちょっとね、ちょっとフワフワしてるだけぇ」
「ふざけんなよっ!今どこだっっ?」
「わかんなぁ〜い。風が気持ちいいよぉ。アハハッ」
「取り敢えずそこに居ろよ」
「取り敢えずぅ、取り敢えずぅ アハハハハ」
「話になんねぇ。動くなよっ!!」
そう言って電話を切ろうとした時
「来ないでっっ!」
サクラから電話を切られてしまった。
「クソったれ!!」
ナツはすぐ電話を掛け直したが
「お掛けになった電話は電波のー」
無機質で無感情な女の声に平静を浸食されるだけだった。
ナツはヘルメットも持たずにティモシーに跨がり、ある廃ビルを一直線に目指した。
「風が気持ちいい」と言うサクラは多分外だと考えたナツ。
一ヵ所だけ思い当たる場所があった。
そのビルは南がよくラリる時に使っていたハズだ―
ナツはビルに着くと横にあった階段を一気に駆け上がった。
失望と自己嫌悪の螺旋でない事を願いながら。