Nightmareー悪の華
市街地から少し外れた、岡本川沿いの寂れた場所に南の寝倉が在った。
築40年位の建物ー
外壁にはクラックとカビでケバケバしい装飾が施されており、人が住むには最低水準のレベルに近い。
南の部屋は2階の一番奥。
当然、表札なんて立派な代物はどの部屋の玄関を見ても見当たらなかった。
両親から面倒見きれないとスプーンを投げられた南。
用意されたこの古いアパートに押し込まれてもぅ2年になる。
家賃だけは親が負担してくれているが、生きてく為の金は、薬のスマグリング(密輸)とセラー(売人)として賄っていた。
南はこの世界ではかなり有名だった。
リーガル(合法)もイリーガル(非合法)もその辺のセラーより豊富な種類を扱っている為、結構な数のドーフィン(中毒者)を抱えていた。
ナツはドアを叩いて
「南っ!」と呼んだ。
しかし、何も反応が無い―
ナツはドアを開けてもう1度
「南ぃっ!」と呼ぶ。
南の部屋のドアは年中無施錠だった。
「薬以外、盗られても困らねぇし」
そう言いながら南はよく笑っていた。
「おーぃ、返事しろよぉ」
ナツは言いながら南に電話してみる。
下にTWが在ったから居るハズなんだが―
部屋の奥から南の着信音GMSの
「No rules」が鳴り続ける。
「お前意味分かんねぇ。居んじゃねぇかよ!入んぞ」
ナツは靴を脱いで奥へ入って行く。
サクラはナツのオールスターを綺麗に揃えて玄関先で待っている。
奥の部屋で布団もかけず横になっている南を見つけた。
「うっわ。クッセェ!窓開けんぞ。てか、何時まで寝てんだよっ!!起きろっっ」
窓を開けて振り返ったナツは異変に気付く。
身体を揺すっても反応が無いー
「おいっ!!南っっ!!いい加減にしろよっ。その芝居つまんねぇぞ!!全っ然、笑えねぇよっ!!!!!!!」
ナツの声が徐々に大きくなり、そして荒々しくなっていく。
その声を聞いてサクラは、一瞬で事の内容を悟った。
以前にも薬仲間が同じようになった事があったのを思い出したから。
ナツの気持ちを考えて、傍に行くのを止め、1人入り口でしゃがみ泣く。
「嘘だろっ!?なぁ?冗談だって言えよぉっっ!!」
ナツは南がどうなっているか判っているのに、どうしても認めることが出来ないでいる。
今にも
「バ〜カ。騙されてやんの」と言って、起き上がりそうだから。
顔を見れば安らかで、
肌に触れれば、まだ微かに体温を感じられる気がするのに。
その温もりが木洩れ日のせいだという事に気付かないフリを一生懸命ナツはする。
「南っ!おい、南ぃー!!」
いつか―
「お前が死んでも泣かねぇよ」
そう言っていたナツの両目から、大粒の雫が溢れ出した。
その雫は、一筋の川となり、陽に焼けて乾ききったボロボロの畳に染みてゆく。
泣き咽ぶナツは南の身体を力一杯揺さぶるー
行き場を喪くした果てしない怒り。
限り無い哀傷。
それを南に判らせるかのように。
すると南の手からコンロのガスが入ったシャリ袋が滑り落ちた。
「お前何やってんだよぉ。俺ら、これからだったじゃん。」
先刻と違い、蚊の鳴く様な嗚咽混じりのナツの声。
ナツは部屋の角に転がったガスボンベを、壁に貼ってあるピストルズのシドビシャスのポスターに投げつけた。
この部屋の空間を創造する規則的なメトロノーム(針音)に、乾ききったムカツク音が、虚しくなだめられた。
ナツは窓の外に見える桜の木に目をやる。
「この桜すげぇ綺麗なんだぜ。咲いたら見に来いよ」
1ヶ月前、この部屋で南が嬉しそうに言ったセリフ。
(何も、焦らず満開になった桜を見てからでも良かったのに)
キューピッドに限りなく近いステューピッド(愚か者)には相応しい逝き方だったのかもしれない。
悪の華に魅せられたベーシスト。
南はメスカル行きのone way ticket(片道切符)を買い続け、ようやくこの日誰にも
「サヨナラ」を言わずに1人ぼっちで旅に出た。