【過去編93】鳴海の研究授業を控えた3日前と2日前の話
今回は鳴海の研究授業を控えた3日前と2日前の話です
今回の光晃は連載当初と同じでそれなりに辛辣です
では、どうぞ
高1の時の思い出で語れる事って他に何かあったかな……サボりスポットを初めて見つけた時の事は話したし、生徒と教育実習生が付き合うとどうなるかも話した。これ以上何を話せばいいのかと考えて僕は鳴海の研究授業の日の事を話そうと思う。でも、その前に研究授業の3日前、僕が真理姉さんにある頼まれごとをした時の話からするね
研究授業の3日前。正確には3日前の深夜。僕が教師は学校でも家でも約束を守らないんだって初めて知った日
「光晃、頼みたい事があるんだけど」
夕飯が終わり、食器も食洗器に放り込み、僕も真理姉さんも入浴を済ませ寝るだけの状態で2人リビングでくつろいでいた。そんな時、ふと真理姉さんから声が掛かった
「何?」
この時の僕は日用品の中で切れているものがあるのかな程度に思っていた。しかし──────────
「鳴海先生の指導案作りを手伝ってあげてほしいんだけど……」
僕の思っていたのとは全く違った。何回か言ってると思うけど、教育実習生の指導は本来、その学校で実習生の指導を任された教師がやるのであって一介の高校生に頼む事ではない
「嫌だよ。どうして僕が教師の真似事なんてしないといけないの?それは本来真理姉さんや他の教師の仕事でしょ?」
教育実習生を指導するのは本来その学校に勤務する教師の仕事であり、生徒には関係ない
「そ、そうなんだけどさ、私は自分の仕事で鳴海先生の指導まで手が回らなくって……」
自分の仕事で手が回らない。朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだ。真理姉さんは忙しさを教育実習生の指導が出来ない事の免罪符にしている。高校1年生の僕がそう感じたんだから多分、世間一般の仕事をしている人間が僕と同じ事を思っても不思議じゃない
「だったら最初から教育実習生なんて受け入れなければよかったでしょ。自分の仕事で手一杯のクセに実習生を受け入れてその後でやっぱり指導出来ません。それがまかり通ると思ってるの?」
僕は常に正しくありたいわけじゃない。ただ、出来ない事を引き受けるなと言いたかっただけだ
「そ、それは、そうだけど……」
痛いところを突かれたと思ったのか俯く真理姉さん。こりゃあと少し突けば泣き出すであろう事は容易に想像出来た
「そうだけど何?大体さ、ここが家だからいいようなものの、もし学校でこんな事頼んでるのを鳴海先生が見たらどう思うんだろうね」
鳴海じゃないから僕にはわからない。僕だったら指導してくれると思っていた先生が生徒にこんな事を頼んでいる場面を目撃したらきっと失望するに違いない
「ご、ごめん……」
「謝れって言ってないでしょ。それよりも僕はもう寝るから」
1人俯く真理姉さんをリビングに残し僕は自室へと戻った
というのが鳴海の研究授業の3日前の話。そして、研究授業の2日前、真理姉さんではなく鳴海が直接僕の元へ直談判に来た日だ
この日の朝、僕は真理姉さんと一言も話さずに登校した。家を出て登校するまではよかったんだけど、問題は校門で起きた
「お、おはよう、岩崎君……」
「おはようございます。鳴海先生」
学校に着いて校門を潜り、そのまま玄関へ行き、靴を履き替えて教室へ入る。何もない生徒ならこの流れが当たり前。教育実習生に朝の挨拶をされるのも実習期間中であれば珍しい事じゃない。
「こ、小谷先生から聞いたんだけどさ、岩崎君って教育実習生のお手伝い出来るんだよね?」
僕が北南高校に入学して1年目。教育実習生だって高校に入ってから関わったと言うなら鳴海が初めて。だけど、鳴海は僕が教育実習生の手伝いをした事があるのを知っていた。そう、真理姉さんの手伝いをした事をね。鳴海本人が真理姉さんから聞いたと言ってたから自分の経験談を話したと予想するのは難しくなかった
「一応は。ですが、指導案なり何なりは小谷先生か他の先生に聞けばよろしいんじゃないでしょうか?」
僕は遠回しに生徒を頼るなと鳴海に言い残しその場を去った。小さいかもしれないけどこれが校門で起きた問題。
校門で鳴海に絡まれた後、僕は他の生徒と同様に玄関で靴を履き替えずにそのままサボりスポットへ。教室へ行くと真理姉さんや鳴海に絡まれる可能性があったからあえてサボりスポットへ行ったんだけど、今思えばこの時、真っ直ぐ教室へ行っていれば僕は2年になって葵衣の手伝いなんてしなくて済んだのかもしれないと思う
「ふぅ、教育実習生の世話だなんて勘弁してよ」
サボりスポットに着き開口一番が実習生の世話に対する愚痴だった。といってもこの時はまだ世話を焼いていなかったけど
「全く、真理姉さんを含む教師って自分の力量を測れないバカばっかり……」
新しい事にチャレンジする事は悪い事じゃないし、教師の卵を育てるのも別に悪い事ではない。ただ、自分が、その学校が通常業務をしながら教育実習生の指導も行えるなら引き受けてもいいと思う。出来るか出来ないかはその時になってみないとってところがあるのも否定はしない。ただ、出来ないからと言って誰かに丸投げするのは違うと僕は思う
「全く、これだから教師は嫌なんだ」
真理姉さんも実は約束を守れない人だと知った日の翌日だったせいか他人に八つ当たりをすることはしなかったけど、それでも僕の心は穏やかではなかった。そんな時だった
『光晃、いる?いたら返事してほしいんだけど……』
外から本来聞こえるはずのない人物の声がした
「真理姉さん……」
他の誰でもない真理姉さんの声
『あれ?おかしいな……運動部の子達が光晃はここに入ったって聞いたんだけど』
どうしてこの場所がバレたんだと思う前に外にいる真理姉さんが情報源を明かしてくれた。運動部の連中が僕がここにいる事をバラしたらしい
『仕方ない、一応、中に入っているかどうかの確認だけしていなかったら他を探そうかな』
外にいる真理姉さんがドアを開けようとしたのはすぐに解った。僕はドアノブを捻ってない。となると外にいる真理姉さんがドアノブを捻った事になる
「ここで入ってこられて学校にでも放り込まれたら指導案の手伝いをやらされるに決まっている!どうしよう……」
生徒である僕は教師の手伝いなんて絶対にしたくなかった。そんな時に僕は家出した時に籠った地下室を見つけた
「ん?ここだけ床の形が違う……」
掃除をしている時は気が付かなかった。理由は簡単、室内はホコリだらけで床は土でドロドロ。この時はホコリはないにしても床のこびりついた土までは落としきれなかったから床の形が違ったとしても気が付かない。真理姉さんに場所がバレた事でピンチになり初めて気が付いた
「収納スペースだったら嫌だけど行くしかないのか」
収納スペースだったとして、そこに入って泥だらけになるか真理姉さんに見つかって鳴海の手伝いをさせられるかの二択を迫られた僕は迷わず入って泥だらけになる方を選び意を決して蓋を開けた。中が狭い可能性があったのでカバンは持たずに入った。すると──────
「階段?」
そこには階段があった。カバンを置きっぱなしにしてしまったけど貴重品は持っていたので何も問題はない。昼食を除いては
「まぁいい!見つかるよりマシだ!」
どこへつながる階段なのかはわからなかったけど、真理姉さんに見つかるよりはマシだと判断した僕は迷わず階段を下りる事に。ちなみに、蓋を開けて中へ入った後は当然、ちゃんと蓋は閉めた。
蓋を開け、階段を降りるとそこには部屋があった。ただ、ボコりっぽかったけど
「げほっ!げほっ!や、やっぱり長い間放置されているとホコリまみれになるのは当たり前だとしても、これは酷い……」
やはりというか何というか、掃除されてないせいもあってかホコリが舞っていて僕は咳き込んでしまった
「ホコリで苦しむのと教育実習生の手伝い……ホコリで苦しんだ方がマシだね。うん」
普通の人ならホコリで苦しむ方が嫌だと思う。でも僕は違う。教育実習生の手伝いをするくらいならホコリで苦しんだ方がマシ。
ホコリっぽいところだけど僕は絶対にここから出ないと決心し、籠城しようとした時だった
『う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!でてきてよぉ~!!!!』
頭上から真理姉さんの泣き声がした。
『いなくなっちゃやだよぉ~!!』
えらく唐突だったので僕は戸惑うしか出来なかったけど、いなくなるって……ただ、僕は授業をサボってるだけ
「授業をサボったくらいで大げさな……ん?授業?ちょっと待てよ……」
僕は授業で思い出した事があった。それはアホでも思い出せる事でそれほど難しい事じゃない。そう、いたって簡単且つシンプルな事
「僕はHR前にここに来た。で、それからどれくらいの時間が経過した後かは知らないけど真理姉さんが僕を探しにここまで来た。ここまではいいとして、今何時?」
僕はHRになんて出なくても構わなかったけど、念のために携帯を取り出し時間を確認してみると……
「9時……」
携帯の待ち受けには9時と表示されており、HRの時間はとっくに過ぎていた。そして、この日の1時間目は真理姉さんの社会の授業。それを考慮すると出てくる答えは簡単
「真理姉さんに授業を無断欠席させるわけにはいかないよね……」
真理姉さんの職業が僕の嫌いな教師だとしても生活をするためのお金を稼いでくれているのには変わりない。本当は嫌だったけど僕は渋々地下室を出る事にした
「ひぐっ、えぐっ、光晃~……」
地下室を出て僕が目にしたのは座り込んで泣いている真理姉さんの姿だった
「…………いい歳した大人がこれか」
身内じゃなかったら呆れかえってるところだったけど、たった1人の従姉だからそうもいかない
「もう教育実習生の世話なんて頼まないから許してよぉ~」
地下室から出てきた僕に気付かずに泣き続ける真理姉さん。反省してるのはいいとして、教育実習生の指導なんて本当は教師がするものなんだけど……
「真理姉さん、授業遅れるよ?」
僕は泣いてたり落ち込んでる教師を慰めたりはしない。それが例え身内であってもね
「ひぐっ、えぐっ、こ、光晃……?」
泣いてたり落ち込んでる教師を慰めはしなけど、声だけは掛ける。それが僕のスタンス
「いつまで泣いてるの?早くしないと授業に遅れるよ?」
「う、うん……」
「僕は先に行くから。真理姉さんも遅れないようにね」
これが鳴海の研究授業2日前、朝の話。真理姉さんが勤務中に初めて泣いた日の話でもある
今回は鳴海の研究授業を控えた3日前と2日前の話でした
過去編もいよいよ終盤までやってきましたが、鳴海は研究授業を無事に終える事が出来るのか?ぶっちゃけ葵衣の時よりも光晃は緊張感というものがないような気がします
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました