【過去編40】僕は生け贄を用意する
今回は光晃が生け贄を用意する話です
迷惑実習生コンビとの対決はどのような形で幕を下ろすのか?
では、どうぞ
聞き分けのない大人というのは時に子供より厄介だ。そうは思わないだろうか?僕はそう思う。いや、そう思うようになった。コイツ等のせいで……
「嘘よ!!1人が平気なわけないでしょ!!本当の事を言いなさい!!私達に助けてほしいって言いなさい!!岩崎君!!」
「そうだよ!嘘なんて吐かなくていいんだよ!素直に友達が欲しいって言えばいいんだよ!」
1人でも平気だと言った途端に豹変する伊藤と畑中。これは最早価値観の相違とかじゃない。伊藤と畑中は病気だと思ったね。
「さっきも言ったけど僕は幼稚園の時から1人だったから平気なんだけど……」
幼稚園児の時はよく木陰で寝ていたり1人で絵本を読んでいた。あとはそうだなぁ……預かり保育で最後まで残ったりとかしてた。そんな僕が小6になっていきなり寂しい?友達が欲しい?伊藤と畑中の言ってる事がバカみたいに聞こえてきた
「それが嘘でしょ?先生は解ってるから!ね?」
「うんうん!クラスでも岩崎君ハブられているもんね?」
僕は嘘なんて吐いてなかったし、ハブられてるんじゃなくて自分から1人になっていた。今もだけどそっちの方が楽だと言いたいけど、今は葵衣と付き合ってるんだった……1人ってわけでもないのか
「いやだから……」
僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。僕自身の話をすると水掛け論になり、話がループする。そんな事になったら1日が潰れる。こんなバカげた事で1日が潰れるのは絶対に阻止したかった
「岩崎君、どうしたの?何か言いかけて止めたみたいだけど?」
発狂した実習生2人を見て全く動揺した様子を見せず沈黙を貫いてた二枝がここにきて初めて口を開いた
「この2人には何を言っても無駄なんだと思って喉元まで出たけど言うの止めた」
「そっか……」
伊藤と畑中を二枝は哀れみの表情で見つめていた。聞き分けのない実習生2人に過去の自分を重ねていたのか純粋に哀れだと思ったのかは知らない
「岩崎君は私が信用できないの!?」
「私なら岩崎君の力になれるんだよ!?」
頼んでもないのに信用できないのかとか力になれるとか言われても困る。まぁ、狂ってくれてた方が僕にとっては都合がよかったんだけど
「僕はアンタ達を信用してない。それに、力になってくれって頼んでないでしょ。それとも、こう言った方がいいかな?アンタ達のしている事はただの好意の押し付け。ハッキリ言って迷惑だ」
「「めい……わく……?」」
狂ったように叫んでいた伊藤と畑中の動きがピタリと止まった。まるでゼンマイが切れた人形のように
「うん。迷惑。君達は良かれと思ってしたんだろうけど僕にとっては迷惑以外の何物でもないよ」
そんな伊藤と畑中に容赦なく迷惑だと言ってしまう辺り僕は小学生の頃から教師や教育実習生は口だけなんだと心のどこかで思っていたのかもしれない
「「………………」」
1回目の時には動きが止まっただけだったけど、2回目では完全に沈黙してしまった伊藤と畑中。何を思って黙ってしまったのかは知らない。でも、この2人にはいい薬だったのかもしれない
「あらら、黙っちゃった……まあ、いいや。この際だから僕個人としての君達に対する感想だけ言わせてもらうけどさ、君達がこの学校に来てしてきた事ってただの好意の押し付けなんだよ。言い換えるとワガママだね」
僕の言葉が伊藤と畑中に届いているかは知らない。僕はただ言いたい事を言っただけだから。僕の言葉が届いているのならそれはそれでよし。届いてなくても別に構わなかった
「「………………」」
この時の伊藤と畑中は魂の抜け殻という表現がピタリと当てはまった
「岩崎君……さすがに可哀そうだよ」
何を思ったのか珍しく二枝が伊藤を庇った
「可哀そう……可哀そうねぇ……友達なんて別に必要ないって言ってるのにそれを無視して執拗に絡まれた僕は可哀そうじゃない。そう言いたいの?」
この時は珍しく高圧的な態度を取ってしまった。どうしてこんな態度になってしまったかは今でもわからない
「そ、そうじゃないけど……い、伊藤先生と畑中先生も岩崎君の事を心配してやった事だし……さ?」
心配された事に関しては悪い気はしない。でも、度の過ぎる心配って本人にとってプレッシャーにしかならないって知ってるのかな?
「僕はこの2人からの心配なんて必要としてない。それに、二枝先生。アンタはこの2人に以前の自分を重ねているだけでしょ?」
僕の言ってる以前の自分とは狂った日の二枝の事だ
「い、いや、そんな事は……」
口では否定している二枝だったけど、顔には図星だとバッチリ書いてあった
「ふ~ん。口では否定してるけど顔には図星だって書いてあるよ?」
「うっ……」
「まあ、今更君を狂わせたところで面白くもないからしないけどさ、僕にどうしてほしいわけ?」
二枝の望みを叶えるかどうかは置いといて僕は一先ず望みだけ聞く事に
「で、出来ればでいいんだけど、伊藤先生と畑中先生も私にした時と同じようにしてあげてほしいんだけど……」
二枝にした事と同じ事……つまり、落としたところを上げろと。二枝は口には出さずともそう言っていた
「面倒だから嫌」
二枝は成り行きで甘やかしたけど、伊藤と畑中は甘やかす必要なんてなかったので拒否した。
「そう言わずに……ね?このままじゃ指導する私達の方が困っちゃうよ。それに、見てよ」
二枝に言われた通り伊藤と畑中を見た僕。そこには──────
「私は必要のない人間……誰にも必要とされてない私は何のために生きてるの?私って誰からも必要とされてないのかしら?」
「私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子私は要らない子……」
体育座りをしてブツブツと呪詛のように何かを言っている伊藤と畑中の姿があった
「うわぁ……」
そんな2人を見て思わず後退りする僕。ドン引きだった
「ね?さすがにあの状態だと今後の実習にも関わるから……ね?」
「いや、ね?って言われても困るんだけど」
自分がしてしまった事とはいえ僕は二枝がいたので他の人間に気を回している余裕なんてなかった。ようするに伊藤と畑中を甘やかす第三者が必要だったって事だよ
「そこを何とか……お願いッ!」
僕の前で手を合わせる二枝はほんの少しだけ可愛い……なんて事はなかった
「お願いって言われても……甘やかすのは僕じゃなくてもいいわけだし」
二枝の時はなし崩し的に僕が甘やかしたけど、伊藤と畑中を甘やかすのは僕じゃなくてもいい
「でも、このままだと岩崎君も困るでしょ?」
「………………」
僕としては別に伊藤と畑中が壊れていようとどうしようと興味がなかったのでどっちでもよかった
「困るよね?ね?」
必死な表情で僕に詰め寄ってきた二枝
「あー、そうだね、困るねー」
「でしょ?でしょ?」
本当は困らなかったけど、必死な表情の二枝に根負けした結果、困るという事にしておいた
「うん。困る困る。だから僕は教室に行って秀義と宮村さん呼んでくるから待っててね」
微塵も困るだなんて思ってなかった。でも、ここで二枝がゴネ始めたら収集が付かないと思った僕は生け贄達……もとい秀義と宮村さんを呼びに行こう会議室を出ようとした
「待って岩崎君。名倉君と宮村さんを呼んでどうする気?」
二枝は会議室を出ようとした僕を引き留めた
「そんなの決まってるじゃん。あの日僕が二枝先生にした事と同じ事をさせるんだよ」
正直な話、二枝だけでも手一杯だったのに伊藤、畑中もとなると僕の負担が増えるのは明白だった
「えっ……?甘やかすのって岩崎君じゃなきゃ意味がないんじゃないの?」
何をどう曲解したらそうなるのかは理解できなかったよ。だって甘やかすのって指名制じゃないし
「甘やかされる人が指名してきてるのならともかく、特に指名がない場合は僕じゃなくてもいいでしょ。それに、僕には二枝先生だけいれば十分なので」
「岩崎君……」
急に恋する乙女のような顔になった二枝を見て何も感じなかったけど、今思い出すとこれって勘違いされても仕方ないと思う
「そんなわけだから僕は一旦教室へ戻るね」
「うん……行ってらっしゃい……知佳、いい子で待ってるね?」
新婚夫婦かッ!ってツッコまれそうな事を言う二枝は放置し、僕は会議室を出た
「あっ……二枝先生の事を何て説明しようか考えてなかった……」
会議室を出た僕は伊藤と畑中を秀義と宮村さんに押し付ける事ばかり考えていて二枝の事を何て説明するかなんて全く考えてなかった
「ま、何とかなるでしょ」
二枝の事を何て説明するか全く考えてなかったけど、秀義は単純だし、宮村さんは二枝が狂った現場に居合わせた事を思い出し、説明しなくても何とかなるんじゃないかという気がした
「あれ?もう終わったのか?」
「今回は遅かったね?」
教室に入るや否や僕の元に駆け寄ってきた秀義と宮村さん
「まだ終わってないよ。僕はただ秀義と宮村さんを呼びに来ただけだから。っていうか、何か静か過ぎない?どうしたの?」
クラスメイトが全員いる教室にしては静か過ぎた。僕はそこに違和感を感じた
「全員遊び過ぎて寝た」
秀義の回答に僕は小6が揃いも揃って何してるんだと思った。しかも、全員が遊びすぎで寝るってどんな遊びをしていたのかも気になった
「小6が遊び過ぎて寝るって……どんな遊びなんだか……」
教室から出ずに出来る遊びでクラスメイト達が揃って寝てしまう遊びって……
「昼下がりの妻~夫は私のものよッ!~ごっこをしてたらみんな疲れて寝ちゃった☆」
遊びの内容をお茶目に言って見せた宮村さんだけど、ハッキリ言ってそれってただのおままごとだよね?しかも、題名が昼ドラみたいな題名なんだけど……この時のクラスメイト達は今どうしてるんだろう?
「そう……ツッコみたい事はあるけど、今はそれどころじゃないんだ。2人とも一緒に来てくれない?」
おままごとだとか、昼ドラみたいとか言いたい事は山ほどあったけど僕は会議室で二枝を待たせている事や伊藤と畑中が呪詛を唱えている事を考えると一刻も早く生け贄が欲しかった
「いいけど私達をどこに連れて行くの?」
「そうだぞ、光晃。ちゃんと行き先を言ってくれ!」
連れて行かれる宮村さんと秀義には自分達がどこに連れて行かれるか知る権利があった
「会議室だよ」
やる事の内容を省き場所だけ伝える僕。やる事を伝えたら2人とも来ない可能性があったから仕方ない
「別にいいけど、私達に変な事させようとしてないよね?」
宮村さんの言葉にコクコクと頷いている秀義
「変な事はさせないよ。宮村さん達には僕が5年の時にした事と同じ事をしてもらうだけだから。伊藤先生と畑中先生を相手に」
「…………………」
「?」
僕の言葉に納得した様子の宮村さんと頭にはてなマークを浮かべる秀義。この2人の反応は対局だったのはいいとして、どうして宮村さんは無言だったんだろう?
「えーっと、秀義には会議室に着いてから説明するとして、宮村さんはどうして無言なの?納得はしてるんだよね?」
「納得はしてるよ?ただ、岩崎君は伊藤先生と畑中先生をそんな状態になるまで追い詰めたんだって引けばいいのか、いい年した大人が小学生にちょっと言われたくらいで落ち込まないでよって言えばいいのか迷っただけで」
宮村さんの沈黙は僕を咎めるか教育実習生2人に呆れるかの葛藤だったらしい
「とにかく、一緒に来てくれると助かるんだけど……」
「「わかった」」
秀義と宮村さんは会議室の状況を聞かずに僕に付いて来てくれた。持つべきものは秀義と宮村さんだね
「「……………何これ?」」
「まだ続いてたのか…………」
体育座りしてブツブツと何かを言っている伊藤と畑中を見て秀義と宮村さんは開いた口が塞がらない状態で僕はさすがに少しはマシになっていたばかり思っていたのに違った。その事に対し落胆していた
「岩崎君……」
「光晃……」
僕をジト目で見る秀義と宮村さん
「言わないで……僕だって大変だったんだからさ。それに……」
「光晃~!知佳寂しかったよぉ~!」
僕が言い終わる前に秀義達の存在を気にせずに甘えてきた二枝
「「……………」」
そんな二枝をただ無言で見つめる秀義達。そして──────
「こういう事だからこれ以上人が増えても困るの」
疲れすぎて説明する事を放棄した僕
「「はぁ……」」
混沌とした会議室に響く秀義と宮村さんの溜息
「ごめん……」
僕は溜息を吐く秀義達にただ謝るしかできなかった
「もういい。要するに俺と宮村は伊藤先生と畑中先生を二枝先生と同じ状態にすればいいんだろ?」
「理解が早くて助かるよ。秀義」
さすが僕の幼馴染と言ったところか理解が早かった。二枝の事を説明するまでもなかったみたい
「岩崎君も大変だね」
「大変だと思うでしょ?だから伊藤先生と畑中先生の事よろしく」
「わかった。その前に名倉君とどっちを担当するか話し合ってからにするから岩崎君は暇潰しに二枝先生を甘やかしてて」
「うん」
宮村さんと秀義は僕から離れ話し合いを始めた。一方、僕はと言うと……
「ねぇ、知佳いい子で待ってたよ?頭撫でて?」
「わかったよ」
二枝を前から抱きしめながら頭を撫でてた
「知佳偉い?」
「うん、偉いよ」
「えへへ~」
二枝の頭を撫でながら横目で秀義と宮村さんの様子を確認するとすでに話し合いは済んでいて実行に移す段階に入っていた
「むぅ~!光晃は知佳だけ見てればいいの!」
横目で秀義達の様子を確認してたら二枝に怒られた
「ごめん。秀義達がちゃんと伊藤先生と畑中先生を甘やかしてるか確認したくてね」
恋人でもないのに嫉妬されるというのは複雑だった。うん、これは小学生でする体験じゃないね
「確認するのは大事だけど今は知佳だけ見てて!」
謎の独占欲をむき出しにする二枝に微塵もときめきを感じなかった
「そうだね。じゃあ、知佳を甘やかしつつ秀義達の様子を確認するとしようか」
僕は1度二枝を解放し、そのまま後ろへ回り込んだ。そして──────
「えっ……?光晃?」
戸惑っている二枝を後ろから抱きしめた
「これなら知佳を甘やかしつつ秀義達の様子を見れるでしょ?」
前から抱きしめていると二枝の事を見てないのがバレバレだったけど、後ろから抱きしめたら嫌でも前方の様子が見える。二枝を甘やかしつつ秀義達の様子を確認できる画期的な体制だった
「うん……あ、名倉君は畑中先生で宮村さんが伊藤先生を担当するみたいだね」
「そうだね。ねぇ、知佳?」
「なぁに?」
「秀義の奴がお兄ちゃんって呼ばれてるのは僕の耳が悪くなったせいかな?」
「知佳もそう聞こえたよ。光晃の耳が悪くなったわけじゃないよ?」
「ねえ、知佳……」
「うん……」
僕と二枝は何も言わずに秀義達の会話に耳を傾けた
「お兄ちゃんは舞の事好き?」
「あ、ああ、好きだぞ」
「本当?」
「ほ、本当だ」
僕はこの日、年上にお兄ちゃんと呼ばれる小学生を初めて見た。ちなみに宮村さんの方も姉さんと呼ばれていた。というか、会議室で小学生に甘える大人……しかも、親戚じゃなくて他人に……
「頑張れ!秀義!宮村さん!僕は草葉の陰から応援してるよ」
多分、届いてないであろうエールを2人に送った僕。もちろん、本気で応援なんてしてない
「光晃!名倉君と宮村さんの事はいいから知佳を見て!」
授業には出たけど、この日僕達は休み時間の度に呼び出され、僕は二枝、秀義は畑中、宮村さんは伊藤をそれぞれ甘やかした
今回は光晃が生け贄を用意する話でした
迷惑実習生コンビ秀義と宮村さんに押し付ける事で一応、決着が付きました。あのまま発狂させたままじゃ収拾がつかなかった・・・・
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




