月明かりのもとで
少し時間が戻ります。
ミロンガルブ学園の教職員室の奥にある一室。天井に届く程高く、壁一面に本棚が壮観に埋め尽くされており、それを背に貴重な魔道具などが、ガラスケースに並べられている。
本棚には曰く付きの魔導書や、伝説の魔物が記された図鑑、ミウドレンの古代文献など、王宮で厳重に保管されていてもおかしくはない書物が、ギッシリと詰められ、魔道具は全て伝説級である。その価値さえ付けるのが難しい品々を、代々学園長が管理しており現在、シスミナ・ジュブワールが使用している学園長室である。
種族的に珍しいハイエルフである彼女は、学園長に就任して約500年となるが、学生に見えるほど若々しい。
見た目には普通の人族に見えるが、エルフ特有のスカイブルーの髪色に、透き通る様な白い肌、何よりエルフとは違いハイエルフの証とも言える点は、手の甲に紋様が浮き出ている事である。
紋様は個人により異なり、シスミナは星型の中心に、桜の花びらが斜めに重なった様な紋様をしている。一説によると、その人物に深く関わる事柄が、紋様となって浮き出るとされている。
因みにスタイルはいいのだが、種族的に仕方のない事だと分かってはいるけれど、本人は胸が小さい事を気にしており、この学園ではシスミナの前で、胸の話と年齢の話をしてはならないと、暗黙の了解が取られている。
誰も王国最強魔法士の逆鱗には触れたくないのだ。
入学試験後、学園長室に月が差し込み、机を挟んで着座している二人の姿を照らしていた。
「もぉー、試験は文句なしに合格だけど、実技の方はレラルちゃんちょっとやり過ぎだよー。身体強化魔法なしの上、素手で試験場に大穴をあけちゃったら人外だってバレちゃうよー」
「申し訳御座いませんシスミナ様。少し調子に乗ってしまいましたわ」
「まぁー、ちょっと苦しい言い訳だけど、ゴレンちゃんの故障による事故って事にしといたからいいけどさー。気を付けてよー、人の姿とは言えレッドドラゴンなんだからー」
レッドドラゴンの脅威レベルは、冒険者ギルドが定める10段階の7番目であり、10に近づくほど危険である。最高レベル10の例を挙げれば、魔王が該当する。約2000年前に、様々な種族を相手にたった一人で世界の半分を破壊した事実から、最高レベルに設定されている。
久しぶりに力を出せるとあって、気持ちの高まりを抑えきれず失敗をしてしまった事を、シスミナにレラルと呼ばれ話をしていた少女は、フルネームをレラルージェという。
本来、ドラゴン種はドラゴンの姿で生まれてくる。
しかし、レラルは生まれた時からずっと、人の姿をしていた。
ドラゴンは元々身に蓄える魔素の量が多く、成長し魔力が上がることで上位種のみ人化できるのだが、ドラゴンの姿に成れないレラルは、特殊というよりも異常である。
シスミナが冒険者だった頃、偶然遭遇し激しい戦闘の末、いつのまにか意気投合したレッドドラゴンの娘で、そのレッドドラゴンとは、今日でも連絡を取り合っている。
あるとき何時まで経っても竜化しない娘の事を相談され、シスミナは魔力を上げる為、自身が面倒をみられる学園への入学を提案したのだった。
しかし、数百年を生きたハイエルフで魔力も長けているシスミナといえども、ドラゴンに関しては未知の領域である。
人化する事も、実しやかに伝わっているだけで、シスミナも偶然に友達になれなければ、知る由もない事実である。
「博覧強記である古竜様にお会いする事が出来れば、私もドラゴンの姿になれると思いますが、タイムリミットまでに出会える可能性は低いですわ。ですから何卒宜しくお願い致しますわ」
「オーケー、オーケー!この学園で一刻も早く魔力を上げて、竜化できるようにがんばろー!」
同じ竜種の頂点である古竜であれば、少女の異常も解決出来るかもしれないが、相手は幻の存在である。実際、古代文献には名前が記載されているのだが、著者による空想上の生物である可能性も否定できない。
そのような、確率の低い事に賭けるよりも、出来うる限りを尽くした方が現実的なのだ。
「ってことでー、今からさっそく魔力をあげる特訓を開始したいと思いますー」
「えっ?今からですの?」
「当然ですぅー、文句がでようがやりますぅー。だって時間が限られているのだから、私の手が空いている限りは付きっきりで特訓するよー。それにレッドドラゴンって隠す為に、身体強化魔法を早く覚えてもらわないとダメだからー」
身体魔法は、使用している部分が魔法陣に覆われる為、目に見えて魔法が発動している事を確認出来る。
普通、身体魔法を使用していない素手で、地面に大穴をあける事は出来ず、身体能力の高い獣人でも、せいぜい地割れを起こすくらいが限界である。しかも見た目が可愛い少女なので、なおさら注目を集めてしまう。
つまり、最少でも魔法をかけなければ人外であると疑惑をかけられてしまう。
「フッフッフー、今夜は寝かせないぞー!」
「そっ、そんなぁー!明日は入学式ですのにあんまりですわぁぁ~」
静かな夜空にレラルの声がこだまし、夜が更けていくのであった。




