遠慮したいです!
それにしても、此処には興味が惹かれる物が沢山あって、博物館や美術館に来ているかのように、時間など忘れていつまでも滞在していられる気がする。
学園長が戻ってくる間、手持ち無沙汰にならないのでとても良い。
しかし、この部屋に来てから暫く経った今、リルテはそんな風には思えないでいた。
時間が進まなければいい、もしくは止まればいいとさえ思う。
「どうして……」
今一度、学園長室を一通り眺め、この部屋に入った時よりも少し散らかった様子を見て、嘆息混じりに言葉が漏れる。
それは別に月雫石が見つからなかった故ではない。
そもそもリルテはこの部屋を物色したりはしていない。なら何故この有り様なのか?
容疑者は二名。そして、少年はその場からほとんど動いてはいない。
そうなれば答えは自ずと導き出される。
少年の側に控えるメイド。ルーが行動した結果である。
別にリルテが指示を出した訳ではない。
部屋の主がいないのに、無断で捜索するなんて犯罪じみたことをこの少年が命令出来るはずはないのである。
つまり、どうにも月雫石の事が気になり、もしかしたら配置が変わっただけかもしれないと思いつつも、倫理観で行動を起こせずにいる主人の姿を見たメイドさんが、ならば!と勝手にやる気を出して、さながらRPGの勇者の如く、引き出しなどを勝手に空けたりして漁るように探し始めたのだ。
見つかれば怒られてしまうのは確実。その所業に焦りながらワタワタと注意はしたのだが、その間にもルーは止まる事はなく動き回っていた。
そして、どんどんとその行動はエスカレートして行き、遂には壺を持ち上げて割ろうとしていたので、流石のリルテもその腕を強く掴み止めに入る。
「ぐッ、なぜ止めるのです!」
「いやいやッ!物を壊すのはダメでしょッ!?」
「何を言っているんですか!ここに小さなメダルがあったらどうするのですッ!?」
「この世界にあのシステムあるの!?てゆうか手を入れて探せば良いでしょ!なぜ投げて割ろうとするの!しかも目的変わってるからねッ!」
「『そこに壺や樽があるのなら叩き割るのが仕様!』そう教わったからです!」
「絶対それ教えたの、この世界の人じゃないよ!!」
一体、誰にそんな事を吹き込まれたのか、その人物が非常に気になるリルテの突っ込みが、宝物庫を兼ね備える広い学園長室に程よく響いたのだった。
そんな一悶着があって、図らずも月雫石はこの部屋にはないという結論に至った少年。
そして、ルーが家捜し……もとい捜索の際に動かした物を元の位置に戻し終え、リルテの側まで戻ってくると同時に、学園長室の扉が開く。
「ごめんね待ったー?」
会議を終えた学園長ことシスミナが、待たせてしまった事を謝りながら部屋に入ってきた。
あと少しでも、シスミナの帰りが早ければ、現行犯で危うく怒られるところである。
主犯のルーは悪びれもせずに相変わらずの無表情なのだが、挨拶をするリルテの方は、内心でドキドキしているのが隠しきれず、普段よりも若干強張った顔をしている。
幸いにもシスミナはその様子に触れる事はなく、着席を促しつつカチャカチャとポットとコップを準備し始めたので、リルテはホッと胸を撫で下ろした。
「落ち着いて話をするにはやっぱりお茶が必要だよねー。待っててねーすぐ淹れるからー」
「「あっ、結構です。どうぞお構いなく」」
間髪入れずに揃ってそう返す主従の二人。
危険を察知しての迅速な対応であり、その証拠にポットに注がれたお湯によってあの独特な匂いが広がる。シスミナがお茶と言えばやはりロトンナッツブルーティーだ。
もはや飲み物とは思えない破壊力を知っている二人としては、全力で避けたいところである。
「遠慮しなくてもいいのにー。さて、今日来てもらったのはルーちゃんに関わる事なんだー」
「私、ですか?」
ソファーに腰を下ろすシスミナに、てっきりマスターの事で呼び出しを受けたと思っていたルーが反応する。
少年の方もそれは同じだったので詳細を尋ねようとしたのだが、開いた口から声は出なかった。
それは、断ったのにも関わらず、当たり前の様に二人の前にカップが差し出されていたからで、リルテとルーは苦い顔で互いに顔を見合わせる。
「そうだよー、もしかしたら噂で二人の耳にも入っているかもしれないけど、最近街では色々な事件が起こってるんだよー。普段なら私やギルドの方で、ちょいちょいっと片付けられるんだけどー、どうも今回は手こずりそうで、現に学園内にも部外者の侵入があったんだよー。ルーちゃんの正体はバレてないようだけど、学園内も安全とは言い難い状況だから最大限の警戒をして欲しいんだー。勿論そうならないように私は全力で動くんだけど、一応伝えておこうと思ってねー」
「その事件って、もしかして霧の化物の事ですか?」
「あぁー、確かに噂になってたねー。でもあの子はどちらかと言えば被害者なんだよねー、まぁそっちも対処してるからー」
「霧の化物が被害者、ですか?それほどの出来事がこの街で起きてるんですね……」
霧の化物の噂だけでも、シスミナがいるこの街では大きな事件であると言うのに、それとは別に彼女が手を焼く程の事件が起こっているのならば、忠告通り万が一を考えてルーを守る為に備えておく必要がある。と言ってもシスミナが対応出来なくなる時は、リルテの力では到底及ばない状況だ。だから出来る事は精々が逃走路の確保ぐらいしかない。
「大丈夫、念の為に伝えただけでその前に私が食い止めるからねー」
「ありがとうございます。僕も出来る限りの対策はしておきます」
「うんうんー、取り敢えず伝えたかった話はこれで終わりー。ってあれ?お茶がまだ残ってるよ?」
「「ッ!!」」
出された物を頂かないのは失礼である。しかし、この飲み物は身体が受け付けない事も十分理解している二人は、シスミナの話を聞くのに夢中で飲む事を忘れていた体を取って、退出しようとしていたのだが、その目論見は失敗し再びの窮地を迎える。
「そうだ!お茶請けもあるんだったー」
最早逃げ道はなく、指摘されて激しく動揺を見せるリルテとルーにシスミナが何かを思い出して、いつも身に付けているレア魔道具のアイテムポーチを探っている。
この状態から、更に追い討ちを掛ける何かが出てくるのではないかと、身構える二人に取り出されたのは、白く丸いふっくらでフワフワとしたパンの様な食べ物だ。咄嗟、少年が反応した。
「肉饅!」
「おぉー、よく知ってるねーこの国では聞かない食べ物なのにー。でもこれはアンマンって言うらしいよー。君達の先輩に当たる子からー、とある手伝いをしてるお礼でいつも貰う物なんだー」
その事を聞き、リルテの頭にはある人物が思い浮かぶ。
(ライラお姉ちゃん……?)




