グシャッといきそうです!
ここから第二章に入ります!!
グランウェイン王国西の窓口<ヴューリオン>の目抜き通りは、サントル広場を中間地点とした、西門と東門を結んでいるイクリプティク大通りである。
他国にも展開を拡げているメルシエ商会の店など有名な商店が軒を連ね、馬車が余裕を持って行き交える広さを持つ。しかしながら、それは日中の話であり、深夜の今は人もちらほらとしか見られない。
大通りでこの静けさなので、そこからミロンガルブ学園に続く、四区の学園通りとなると完全に誰も歩いていない状態である。
そんな通り沿いの店から、一人の若い女性が右肩を小さく回しながら外へ出てきた。
「片付けを手伝っていたらすっかり遅くなってしまったわ」
彼女が働いているのは、ふっくら焼いたパンの中に、絶妙な香辛料で炒めた挽肉と野菜が入っている、名物料理<プリジキム>が人気の満月亭。
今日も繁盛していた為、客が完全に帰ったのも遅く、そこから明日の仕込みなどを店主と一緒に行なっていて、先程ようやく仕事を終え、今から帰宅するようだ。
あのシスミナが、ヴューリオンの防犯対策を監修しているので治安は悪くないのだが、夜も遅い。だから店主が送ろうかと提案したが、自宅はそれ程遠くなく、明日も店は昼前からの営業なので店主に遠慮して断ったのだった。
店から路地を何回か曲がったその先に彼女の家はある。
毎日通うこの道には、猫が必ず何処かで顔を出す。その子達と軽く戯れる事が、一日の疲れを吹き飛ばす彼女の癒しにもなっていた。
しかし、今日は一度も出会わない。
この事に、何となく違和感を感じながらも家路を進み、三回目の曲がり角に差し掛かった時だった。
急に背中から寒気が襲い、咄嗟に彼女は後ろを見た。
振り向いた先には何もなく、ただ道が伸びているだけだ。
彼女は一般の人間であり、魔力に長けている訳でもないのだが確かに気配を感じていた。
恐怖で混乱気味となり、自宅に向かい走り出したが、やはり背後が気になりもう一度振り返るとそこには何もない。
気の所為かと安心して胸を撫で下ろし前を向いたその時ーー
彼女は見てしまった。
同時に絹を裂くような悲鳴が狭い路地に木霊する。
叫び声を上げたと同時に彼女は意識を手放してしまう。
気絶する前に見たのは、霧の様な黒い塊の中に二対の赤い光があり、目の前で威圧にも似た恐怖をこちらに投げつけてくる光景であった。
「というのが今、巷で流行っている話っス!」
「急に怖い話しないでよー、クロエ」
本が積まれた机に小柄なその身を乗り出して、向かいに座るリルテの顔を二重のクリッとした目で覗き込む生徒。
ショートで柔らかい内巻きの毛先が相まって、リルテと同じく実年齢よりも下に思われる事が多い。だから、同じ境遇でありクラスメイトという事で二人は仲が良く、こうして昼休みにはよく一緒に話をしている。
「ままま、全くだぜ!リルテが……ふ、震えてるだろうが!」
「ジュール様、椅子から転げ落ちながらのその台詞は余りに滑稽ですよ」
無論、今日もメイドさんは側で控えており、その主人と同室でSクラスのイケメンは、調べ物の為に偶々居合わせたのである。
突然の物音に図書室にいた生徒達は何事かと思い視線をリルテ達に向けているが、そんな事は御構い無しにクロエは話を続ける。
「しかも、同じ様に霧の化物を見たって言う人が、ここ最近になって増えてきているらしいんスよ」
「ま、魔物とかじゃないのか?」
「目撃情報だけで痕跡が無いっスからねー、魔物かどうかも分からない状態っス。特に襲われて怪我したとかも無いですし、只の見間違いで処理されているらしいんスよ。それでも一応、冒険者を雇って夜の見回りを強化しているらしいっスけど」
「んー、でもここには学園長がいるんだしすぐに解決するんじゃない?……だからジュール心配しないで。僕の肩がこのままだとグシャッといっちゃう!」
椅子に座り直したは良いが、二度も転ぶまいと横にいる親友の肩に置いていた手に、余程この手の話が苦手なのか、無意識のうちに腕を握り潰す勢いの力が入っていた様だ。
リルテの言った通り、確かに経験も実力もあるハイエルフであるシスミナであれば何なりと対処出来るだろう。ここの席にいる全員が頷いていた。
しかし、ジュールは家柄、学園長がハイエルフだと知っているが、この中でクロエだけは知らない。
それでも学園内に広まる数ある学園長の噂から納得出来たようである。
さすがは教師のトップである、と言いたいが思い付きで行動する彼女が自由奔放過ぎて、学園内に色々な現象を引き起こしている為である。
例えば、一夜にして演習場に巨大なアスレチック施設を作ったかと思えば、用が済んだ瞬間にその施設を跡形もなく消し飛ばす等、宮廷魔法士でも到底及ばない話が数多くあるのだから。
そして、ようやく解放されたリルテが肩の無事を確認している時だったーー




