必ず伝えます!
「……はっ!?」
パチリと眼を開け、意識を取り戻した少年は、瞬きも忘れ眼球を目まぐるしく動かして、必死に今の状況を把握しようとしていた。
ルシオガルディアンという、犬の魔物を追って森の中に入り、その亜種と思われる紫黒色の魔素を纏った魔物と戦い、終結を迎えたはずであると。
しかし、そのあと急に頭痛が襲い、視界が真っ白になった所までは、しっかりと覚えている。
あの場で意識を失ったのであればまだ森の中の筈だ。だが今は、夕日が当たるでもなく、木々さえも見えず、眼の前は石造りの天井が見えているので、明らかに建物の中にいるのだと分かる。
「あれは夢、だったのかな?すごく苦しかったけど……」
朧げであるが、黒くドロドロと渦巻く沼の中の様な空間で藻掻いていた事を思い出し、そこでの流される圧力や背筋を走る冷たさ、呼吸が出来ない感覚は夢とは思えないほどで、現状があやふやになっている。
取り敢えず身体を起こしてここがどこであるのか確認しようと片手をベッドに付け体重を移動させようとしていた。
「目を覚ましたか」
声がする左の方にリルテが顔を向けると、そこには貫禄を漂わせ鎧を着込んだ、中老ほどに見える兵士が立っていた。
「儂は北部軍事長官のガーフォールだ。お前さんは戦場で気を失っていて、そこの女の子と一緒にこのフローレンス砦に運ばれてきたのだ」
ガーフォールが指差す先をよく見る為、上半身を起こすリルテ。そこには見覚えのある赤髪のポニーテールが見え、時間を掛けずともレラルだと分かった。ベッドに横わり身体のところどころにガーゼを貼られ、スースーと寝息を立てている。
「僕はミロンガルブ学園一年のリルテです。そちらは同じ学園に通うレラルさんなのですが、僕よりも傷だらけの様ですけど、大丈夫なのですか?」
「あぁ、この子が生存者の中で一番重傷だったが、治療は上手くいったからもう安心だ。それでだ、この子から聞いたぞ、凄い活躍をしたらしいではないか」
特に思い当たる節が見当たらないリルテは首を傾げる。
もう一度記憶を辿っても、最初の内は魔物を倒していたが、途中で戦場を離脱してしまっているし、それ程の戦果があるとは思えない。しいて言えば人類至宝のモフモフを失わずに済んだ事くらいであろうか。そう考えながら、確かにそれは大きな功績であったと結論付けて口を開こうとしたが、ガーフォールからは身に覚えのない内容が出てくる。
「聞いた話だと、お前さんが放った高威力の魔法攻撃で、左翼に迫った後続のスタンピードをほぼ吹き飛ばし、それによって群の脅威を分散させたとか」
「ーーえっ?」
確かに魔素量は多いかもしれないが、魔法の扱いについては経験も浅く、ルーから初級レベルを学んでいるくらいで、シスミナの様な威力の高い魔法は発動した事がない。やはり、レラルの勘違いであると結論付けてあっさりこの件を流した。本人に記憶が無いので仕方がない。
「その戦力、卒業したら王国軍に入って貰いたいもんだな」
「きっとレラルさんの見間違いですよ。それに僕は冒険者になるつもりです。両親もそうでしたし、その頃の話をきいて憧れもあるんです」
王国軍の誘いを断ったのは、卒業後に神様からのお願いを遂行する為である。何故なら入隊してしまえば、国の為に動かなければならず行動は制限されるからだ。
そこで、ある程度自由に行動出来、その過程で資金も調達する事が可能な冒険者が最適だとリルテは考えていたが、神様の事を言えるはずがない。だから、理由として両親を挙げた。しかし、それは窮策ではなくライトな小説を読んでいた事もあり、憧れているのは本当である。
「ほぅ、両親に憧れてか。こういう職業柄、会った事が有るかもしれんな。両親の名前は?」
グランウェイン王国北部の治安維持を任されているガーフォールは、王国軍として冒険者ギルドに訪れ依頼を出す時がある。犯罪の類は対人戦を主に置いているので対応出来るが、魔物などに関する事はその道のプロである冒険者に依頼している。そもそも戦争がない時代である為、そこまで対処に避ける人員が国境付近にはいないのである。
それと、ガーフォールがギルドに赴く時は高難度の依頼である為、実力者であれば内容を説明する際に、顔を合わせているかもしれないと思い問い掛けた。
「はい!フレットとマイラといいます!」
「っ!?あやつらは生きていたのか!ちょうど十二年前にダンジョン攻略に行ったきり消息不明になっていたはずだが……」
「その話は聞いたことがありませんでしたけど、二人とも元気ですよ」
名前を聞き、眼を見開いて驚くガーフォールは、フレットの冒険譚を思い出しながら答えたリルテの言葉をまだ信じられず、様々な可能性を考え、何か決定的な特徴がないか眉間に拳をコンコンと当てている。
「だが名前が同じというだけかもしれんな……そうだ!父親の肩口に何かに噛まれた様な跡はあったか?」
「有りました、ある依頼の最中で魔物に襲われた際、母を守った時に出来たとかで自慢気に話してくれていましたよ」
「ならばほぼ間違いない。初対面の気がしなかったのは何処と無くマイラに似ているからか……」
まるで祖父のようにまじまじと少年を眺めつつ、昔を思い出しているかのような様子は只の顔見知り程度ではないと想像が付く。少し涙ぐんでいるのが見えたリルテは心配を掛けた両親に代わり申し訳なく感じ、目線を下に下げてしまう。
「それにしても二人とも生きていてくれたか……リルテよ、フレットに無事だったのなら顔を見せろと伝えておいてくれ」
「はい!必ず!」
生存していた喜びの反面、ギルドに連絡を入れていない事に疑問を持ったガーフォールは、何が起きたのか直接聞きたかったのだが、軍務上この砦から遠く離れる事が出来ない。だからその息子に伝言を託したのだ。
それを聞いて挽回の機会が作れると、俯いていた顔を上げ笑顔で約束を交わす。
しばらく両親の近況を交えた雑談をしていると、リルテが眼を覚ましたと聞いて音速でメイドさんが駆けつけた。
状況が飲み込めないガーフォールを置いて、ルーは身体に異常がないか隈無く診察。終わったと思えば眼の色を変えてクドクドと説教に変わり、ヒーンと今にも言い出しそうな表情になりながら戦闘よりも体力を消費する少年であった。
日が完全に落ちた頃、王国軍によるスタンピード討伐隊の本隊が到着し、これにより学生三人とメイドさんはシスミナと一緒に、朝を待って王都に戻る事に決まる。
その頃にはレラルも目を覚まし、今度はシスミナがルーと同様の行動を見せ、リルテと同じ表情になった少女の姿が出来上がっていた。
ベッドで上半身を起こした様子は、少し呼吸が辛そうであるが目に見える傷はすっかり無くなっている。
魔法での治療の効果もあるのだろうが、その回復力は流石レッドドラゴンと言うべきであろう。
そして翌日、太陽が顔を覗かせる時間にフローレンス砦を出発したリルテ達は、既に来賓室に到着していた。
ここにアムエナの姿が見えないのは、引き継ぎなどを行なってからでないと王都へは戻れないらしく、責任ある宮廷魔法士団長の仕事をしっかりとこなしていると言いたいところだが、姉と離れる事が嫌で床にバタバタと駄々を捏ねに捏ね、シスミナが宥めてやっと事なきを得たという場面もあった。
「シスミナ様、此度の対応感謝致します。学生諸君もご苦労であった。皆の協力でスタンピードによる被害は最小に留められた。後処理などがまだなので褒美などについては後日伝える」
国王であるシャルルが謝辞を述べ、恐縮する学生達。それを他所に、相変わらずシスミナはロトンナッツブルーティーを嗜んでいた。
思い掛けない出来事も起きたが、今回の目的は全て終えた一行は部屋を後にする。
王城を出る途中、ジュールが婚約者に捕まり一悶着ありつつも、行きと帰りのメンバーが欠ける事なく馬車に乗り込み、シスミナが御者に指示を出す。
「さー、かえろうか!私達の学園へー」
こうして、本来の目的であった王への謁見が、まるっと霞むスタンピードという災害に巻き込まれたリルテ達は、鎮圧に貢献し辛くも生き延び、平和で安全な学園に帰るのだった。




