アキュミュレション
「次から次と本当にキリがないですわ!」
ジュブワール姉妹の、魔法による開戦の合図が響いて暫く経った頃、リッパーベアの頭部に猛速で当てた拳を振り抜き地面に沈めると、後ろに控える途方も無い魔物の群れを睨み、レラルは叫ぶ。
両腕に装着したガントレットで、左翼前線を颯爽と駆けながら中型の魔物を主に退けて着実に成果を上げるも、それは氷山の一角なのだから焦燥感に駆られるのも無理はない。それに、今リッパーベアを討ち取った拳の武器も、耐久力を超えようとしていたのだ。
本来は防具の側面が強いものを、攻撃に代用しているだけなのでそもそもの仕様が違うのである。勿論、攻撃用に作られたものもあるのだが、備蓄用品の中には無かったので仕方がない。それに有ったところで壊れる時間はさほど変わらなかっただろう。人間の力に合わせたものなど、彼女にとってはどれも等しく脆いのだ。
リルテ達のように武器を携帯していないのは、彼女の戦闘スタイルにも関係しているが、元より武器を持ち合わせていなかったからである。レラルも自身の力に耐え得る特殊なガントレットを持っているが、まさか学園生活で使う日が来るとは思っても見なかった為、故郷の街ウェルシュに置いたままなのだ。
そして、そのガントレットだけではなく、装備している殆どが彼女自身の物ではない。
謁見後、間を置く事なくフローレンス砦へ向かったので、ジュール以外の生徒二人は制服のままであった。
リルテは日頃の訓練も制服で行う事が多かったので、特に服装を変えようとはしなかったようだが、レラルは戦いに際して最大限の力を出す為、砦に着いた時に戦闘用の装備を借りて着用している。
因みにビキニアーマーなどではない。
一対一の戦いならばまだしも、多数を相手取るには背中などの防御が心許ないからだ。と言っても前腕部まであるガントレットにハーフアーマー、下はショートパンツなのでなんとも身軽な装備である。
父親から教わった体術しか戦い方を知らないレラルなので、近接戦に持ち込む機動力を考えると、このスタイルが一番らしい。
動きの制限を極力無くした装備ならではの、足元からしっかりと力を伝達させたストレートで、またも魔物を仕留め、すぐさま頭を左右に振り次の標的を見つけると、上半身の関節から力を緩め、脚力を持って敵の進路上の間合いに入った。
必死に平地を駆けていたサンキュパインは、自分の間合いに現れた敵の存在を気にせず突き進む。彼女の倍はある体躯なので、重量にまかせて押し通るつもりなのだろう。
正面にいるレラルとは、もうすぐ衝突するという所まで迫っていた。
直後、レラルは回転を加えながら切り返すように、左前方へ体重を急速に移動させながら、サンキュパインの首元にフックを繰り出す。
カウンターの要領できれいに攻撃が決まり、ぐらりと倒れこもうとするサンキュパイン。その前脚を両手で掴み、そのまま後ろに続いてくる魔物の群へ凄まじい勢いで投げ込んだ。
彼女の身体の、どこにそんな力があるのかと思う所だが、レッドドラゴンのその身は、筋肉の付き方も人間とは違うのである。
突如として向かって来る大きな肉塊を避けきれず、何体かの後続の魔物が巻き込まれ動けなくなっている。
しかし、まだまだその数は減らない。というよりも寧ろーー
「急に魔物がっ!これでは対処が間に合わないですの!」
これまでの森から抜けて直進する魔物に加えて、中央や右翼方面からこちらへ向かってくるものが多く確認出来、明らかにその数を増やしている。
竜状態であればブレスの一つや二つ吐き出して、手っ取り早くその数を減らしていただろうが、未だにレラルは放出系の魔法を放つ事すら出来ない。
広範囲攻撃が出来ないので、押し寄せる魔物に対し手が足りず、最早防戦に徹するしかない。周りを見ればその波に、蹂躙される騎士や冒険者が多く、この一帯は壊滅的な状態であった。
レラルもまた、いくら人間よりも身体能力が高いとはいえ、先程の様に力任せの戦い方を続けていれば、体力は消耗する。動きが鈍くなった所をラッシュラットに足元を掬われ大きく体勢を崩してしまう。
一瞬、視界が地面を写す。
すぐさま顔を上げるが、次の視界に飛び込んできたのは巨大な鉤爪だった。
胸部を圧迫する衝撃。
切り離される重力。
「クァア゛ッ!!……ガハッ!カハッ!」
叩きつけられるように地上へ戻った時には、ガントレットとハーフアーマーは割れ落ちて、口からは鮮紅色が飛び散り呼吸する事が困難な状態であった。辛うじてガードが間に合い、リッパーベアの斬撃を防ぐ事ができたのは良かったが、防具を突き抜けた攻撃は身体の内側まで衝撃を届かせており、見たところ肺挫傷は確実である。
痛みに耐えながら力を振り絞り、うつ伏せから何とか四つん這いになり状況を把握しようと朦朧とする意識の中、重々しく首を持ち上げる。
幸いにも群の流れが途切れた場所に落とされたが、周りに人はおらず魔物だけしか見えない。
どうやら討伐隊の最前まで飛ばされてしまい、助けは無さそうだ。
森から、続々と押し寄せる魔物の群れを前に、立ち上がることさえ出来ないレラルは思った。少し前の自分であれば死ぬのは特に怖く無かっただろう。どのみち数年もすればこの身は、魔素の暴走により果てるのだ。それは今だに魔力を制御出来ず、竜化すら成れない事から明白だったから。
幼い頃から、魔素の暴走を危惧した父親の命で家から出ることは無かった。でも日々の生活に不自由もなく、その想いも解っていたので素直に従っていたそんな彼女にある日、父親が藁をもすがる思いでシスミナに娘を預ける。
そうしてやって来たミロンガルブ学園で、レラルの世界は一気に広がった。
両親以外の者と会話する事も初めてだし、見たことのない物が並ぶ街には何度行っても発見の連続で、数ヶ月の内に陰の多かった心に光が差す様になった。
もっと色んなことを知りたい。友達もいっぱい作りたい。出来ることなら絵本で見た、白馬に乗った英雄に会って恋なんかもしたかった。
だからまだまだ生きていたい。
こんな所では死にたくない。
しかし、その場で動かないレラルに、無情にもスタンピードの波は近づいている。飲み込まれれば助かる事は無いだろう。
絶望から思考は停止し、その眼は光を失いつつあったーーその時視界の端に人影が映る。
「リ……テ、君?」
漏れる呼吸に混じり消え入りそうな声で呟く。先程まで人などいなかったし、ましてや後方で遊撃に回る彼は尚更いないはず。それにいつもの明るい感じはなくどこか違う雰囲気を纏い、前髪の一部が黒くなっている事もあり確信が持てなかったのであろう。でもそれは紛れもなくリルテだった。
突然現れたその姿をレラルが確認すると同時に、驚き跳ねて方向転換するものや森へ引き返すものと、リルテを中心として放射状に魔物が一目散に離れていく。確かに畏怖の念に似た名状し難い気配が、彼を中心に渦巻いているように感じられる。
「……フ、セ……テ」
絞り出すように声を掛けた後、リルテが両手を身体の前に突き出すと、小さな稲妻を走らせた紫黒の塊がその先に集まっていく。
そして……。
ーーヴォゴグオオオォォォッッッ!!!
紫黒の帯が視界一杯に広がり収束して消える。
先程までとは地形が変わり見る形も無く、辛うじて魔物の残骸がポツポツとみられる程度だ。
数秒間放たれた爆発的なエネルギーは地面を抉り、左翼前方のスタンピードを飲み込み、ロヴェル森林と平地の境目は遠く後退している。
「す、すごい……」
その場に伏せていたレラルは、横座りまで身体を起こし、その光景を目の当たりにして驚嘆の声を漏らす。すると背後でドサリと音がした。
振り向くと、リルテがその場に倒れており、心配から身体を寄せて状況を見るが、外傷もなくただ寝息を立てて眠っているだけのようで少し安堵する。
その愛らしい顔からは想像も出来ない力に、レラルは戸惑いもあったが、何はともあれ窮地を救ってくれた彼に感謝を伝えるように、一部のムラもない少し明るいグレイアッシュの髪を手で軽く触れた。
その後すぐに、魔物が一掃されて見通しが良くなった事で、近くにいた冒険者が二人に気付き、無事救助される。
リルテの放ったこの一撃により、スタンピードは総崩れになり脅威も分散する事となる。そして、各個撃破に転じた討伐隊は援軍の到着まで持ち堪え、最小の被害でスタンピードを食い止める事に成功するのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます!
次回、エピローグで一章は完結です。
そして閑話を数話挟んで新章となります!
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