なんとか頑張ります!
武器を取り出したはいいが、構える暇もなく真横に飛び転がり、素早く起き上がったと同時にバックステップで距離を取る。
今し方立っていた所には、追撃を加えようと鋭い爪で飛び掛かってきたオプスキュリテによって、地面に窪みが出来ていた。
リルテはその光景を見ながら、動物と追いかけっこするならもう少し平和な戯れが良かったな、と思いつつ相手がこちらに向き直すと、イネインを両手で構える。
距離が離れるとすぐにブレスが放たれ、その反応の速さは単調であれど、これまで相対した魔物の比ではない。だがこれを予測していたのか、リルテはさながらバッターボックスに立つ様に構えていた。
このブレスが魔素でできていると言っても、ルーと検証した時の様に消失させることが出来るかは不安だったのだ。なので、半身をその軌道の外に置き、剣を力一杯振り抜く。
「ハッ!と、わわわッ!?」
余りの手応えのなさに、力余って遠心力のまま蹌踉ける。
どうやら危惧していた事は杞憂だったようで、ブレスは刀身に触れるや否や、勢いを失い霧散した。
イネインの方も特に問題は見られない。只一つ、魔素が身体に流れ込んでくる感覚を残していたが、今は気にしている状況ではないと、浮いた右足に再度重心を移動させて体勢を立て直す。
やはり、この剣であれば纏っている魔素を突破し、ダメージを与える事が出来そうだと確信が持てたようである。ほっと安堵し、強張っていた肩を戻すも休む事は出来ず、次の行動を行わなければならない。
なぜならブレスが霧散するや否や、オプスキュリテは脚を動かし背を屈伸させて向かって来ているのだ。
それを迎え撃つ為、リルテは腰を落とす。
喉元を目掛けて、噛み付こうと大きく開く上下の顎。
迫り来る鋭利な歯牙。
どちらの部位も、例え相手がオルトロスだとしても行動不能に追い込むには十分過ぎる。ましてや小動物の様な少年など当然ひとたまりもない。
そして、咬合力の高さを思わせる閉じた音が鳴り響く。
しかし辺りに血飛沫が舞う事はなかった。
代わりにオプスキュリテが低く短い鳴き声をあげる。
直進的な攻撃を、滑るように潜り抜けたリルテが、すれ違いざまに前脚を斬りつけたのだ。しっかりとその身体に刃は届いたが、イネインにしては切断するに至らず、強化魔法と同じ要領で主力部分に魔力が集中していてその分魔素の層が厚かったのか、思ったよりも傷は深くなかった。でも、まさか攻撃が届くとは思っていなかったのか傷付けられた脚を上げて少し怯んでいる。
その隙を逃す事なく、次こそはと踏み込んだのだが手に持ったイネインは軌道を描かなかった。別に相手の立ち直りが早く、反撃を受けた訳でもない。リルテが意図的にその手を止めたのだ。
その視線の先には相対した両者の間に踊り出たルシオガルディアンの姿があった。立ち位置は明らかにオプスキュリテを庇うような形で立ち塞がっている。
そして、懇願するような眼はモフ萌え少年にとってメデューサに見られるのと同じ効力を発揮した。俗に言う「効果は抜群だ」である。例え音速で動いていたとしても、急停止は余裕であっただろう。だって視界に入った時の目が急にハートになったのだから、認識の速さは推しはかる事ができるし、きっと筋肉がブチ切れようが動きを抑制するに違いない。
「ギャィッ!」
しかし、そんなリルテの行動も虚しく、ルシオガルディアンは呆気なく復帰したオプスキュリテによって、邪魔だとばかりに草木の中に薙ぎ払われる。
「にゃわぁーッ!!至極のモフモフ候補が!なんて事するん、だ?」
保護すると言う名目で囲おうとしていた考えが、少し漏れてしまうほど焦る様子を見せたが、血痕などはなかったので重傷ではないと判断して、救出は後にする事にし相手に向き直ると、すぐにある変化に気付いた。
それは殻が剥がれ落ちたように、斬りつけた前脚を覆っていた魔素が、無くなっていたのだ。しかもそれだけではなく、心なしかオプスキュリテの身体が全体的に少し小さくなっていた。
「もしかして、魔素で体積を大きくしてる?」
それはつまり、魔素を実体化させて着ぐるみを着ている、もとい鎧やバトルスーツを纏っているのと同じではないかとリルテは考えた。
普通、魔素は視認出来ないが、魔法を行使する際は誰だって見えるのだから、その可能性は充分あり得る。であれば、それを全部剥がしてしまえば弱体化させる事も出来るのではないかと、そう至った。だからーー
「さっきのはきっと殺すなって事だよね?ならこの方法で、大人しくしてくれるか試してみよ、っか!」
姿勢を倒れないギリギリまで傾け、脚を蹴り出し地面反力を作用させて肉薄する。小さな身体は瞬く間に死角へ潜り込み、オプスキュリテの左脇腹から後脚にかけて、三度角度を変えて剣を振り下ろした。
黒い魔素が稲を刈る様に消える。勿論、その身に傷を付けることなく。
振り返ると、更に減退した姿が確認できたので、この方向性で行く事を固めたリルテは俊敏性を活かして、兎に角纏っている魔素を斬りまくる。さっきまで攻撃を与えるのにも苦戦していたのだが、相手の反撃する速さが目に見えて落ちていて、どうやら魔素を削り落とす度に、屈強な体躯だけでなく凶暴性も失っていくようだ。
反復した戦闘の末、遂に追いかけていたルシオガルディアン程に小さくなったオプスキュリテは、魔法の酷使で身体に負担が掛かっていたのか、力なく横にパタリと倒れた。身体がゆっくりと上下してい事から息はしていると分かるので多分死んではいないだろう。
ようやく一区切りついたので、額の汗を拭い肺に溜めた空気をゆっくりと吐き出す。そうして肩の力を抜いて脱力した、と同時にーー
「ゔぅっ……」
鼓動に合わせて痺れるような痛みが頭を駆ける。
顳顬を押さえて鎮まるのを待つが耐えきれない。
徐々に視界の明度が上がって行き白色が埋め尽くしたその時、リルテは意識を離した。
その後、紫黒を帯びた光が少年を包み収縮するように消えていった。
山の間に残る太陽の光は、オプスキュリテの影だけを作り、その場に少年の影を作ることは無かった。




