出発します!
ミロンガルブ学園の校門に集合時間より早く到着したリルテは、停留している馬車を見て感嘆の声をあげていた。
一般的な移動手段は乗合いの幌馬車で雨風を防ぐ為、亜麻で簡易に覆う程度のものである。
それと比較すると屋根がしっかりとありキャリッジほど豪華ではないが、椅子はクッション性の高い物を使用し内装は綺麗で学園の紋章も入っているので、コーチにしては立派な馬車だった。
普段見慣れない乗り物を前にした少年が嘆賞するには、十分すぎる要素が詰まっている。
休日の早朝なので生徒達の姿は見られないが、この馬車に加え学園長もいるので、日中であれば立ち止まり物見るものが集まったであろう。
今回はグランウェイン王との謁見を予定して王城を訪れるので、学園の紋章が入った正式な馬車を使用するが見られる機会は少ないのだ。
先日学園室で話をしていたメンバーに、ジュールを加えた5人で王都へ向かうのだが、シスミナを含むリルテ達は御者の経験がない為、教職員であり護衛としても信頼の置けるアクセルに頼もうとしたが、二つ名のある英雄を御者に駆り出すのも気が咎められ、それにシスミナ不在の学園を任せられる人物という事もあり、シスミナの顔馴染みの冒険者に御者を依頼している。
それにアクセルがいなくてもこの面子であれば危険はなく、過剰戦力といっても過言ではない。
王国最強魔法士であるシスミナにSクラスが2名、内一人は驚異レベル7のレッドドラゴンなのだから。
「みんな揃ったねーそれじゃ王都に向けてシュッパーツッ!」
中の定員は4名なので、割と乗り物酔いをするジュールは進んで御者台に座っている。限られた空間というのも苦手で、学園長がいる前で気を紛らわせる為とはいえ、大きく態度を崩すのも躊躇われ、こちらを選択したのだ。
馬車といっても引いているのは馬ではなく、ペロケドラゴンという体長2メートル前後の魔物なので竜車とも呼ばれてる。テイムされておりクチバシのような口が特徴で、恐竜のプシッタコサウルスに似ている。非常に温厚であるが先程興味本位で近づいたリルテは、小さいおもちゃにみられたのか軽く頭を突かれていた。
しかし、レラルには上位種であるレッドドラゴンと感じとっていたのかお辞儀をするかのような動きが見られた。
ドラゴン種は驚異レベルが高い為、凶暴なイメージだが、上下関係には厳しいのだ。
馬を利用しないのは街などの近辺以外は舗装されていない道や峠も多く、輓獣の速さよりも体力を優先している。その為、グランウェイン王都までは休憩も挟んで半日を要し、移動中の車内ではやる事が限られているので、会話をするか簡易なゲーム、もしくは寝るなどで到着までを過ごす事になるが、現在リルテ達は軽い雑談を楽しんでいる。
レラルとは普段近くにいるパートナーから受ける弄られ方が似ている事から、お互いシンパシーを感じ自然と仲良くなっていた。
「結構お話ししていたので喉が渇きましたね」
「だねー。それじゃみんな、はい!ロトンナッツブルーティーだよー」
街道をかなり進み、話のキリがいいところで喉に手を当てて口にだしたリルテの言葉に、シスミナが何処からともなくティーセットを取り出して飲み物を振る舞おうとしたその様子を見て、レラルはいち早く反応を見せる。
「さ、先程竜車に乗る前にお水をいっぱい飲みましたので……い、いまはご遠慮いたしますわっ!」
「私も従者ですのでご遠慮します」
しどろもどろ敬遠するレラルに便乗して、ルーも断りをいれる。
「そう……リルテ君は飲むよね?」
「いただきます!いい香りですね!」
ココアを濃厚に凝縮したような香ばしくも甘い、心を落ち着かせてくれる香りが漂っているが、断りを入れた二人はリルテに視線を合わせて、どこかそわそわした感じが出ている。特にレラルは憂慮する表情さえ伺える。
「でしょでしょー、すっごいおいしーからどうぞー!」
「では!ゴクッゴクッ。…………ぐぅばぁぁああぁぁっ!?」
ロトンナッツブルーティーを飲んだ後、腐敗した魚の様な口当たりと、鼻を抜けるあらゆる草花を煮詰めた様な青臭いにおいに襲われ、おもむろに窓を開けて口に含んでいた残りをダバーッと垂れこぼした。
「れれ?リルテ君にはまだ早すぎたかー大人の飲み物だからねー」
「マスター、ばっちぃ」
「味知ってて止めなかったでしょ!」
子供っぽくからかう様な口調に加え、長年生きていればこの飲み物の存在を知っているはずだ。ルーの発言からそう確信したリルテは問いただす。
「これも経験ですから。というかマスターの苦痛に歪む顔が見たくて、つい」
「従者としての在り方っ!?出来心の理由が歪んでるよ!」
ルーの告白で、レラルも味を知ってて忠告をしなかった事は有耶無耶になり胸を撫で下ろしていた。
本人としては声を掛けたかったのだが、それはシスミナの味覚を否定するのと同義なので、後先を考えて口を噤んでしまったのだ。
「うぅ……ところで学園長、いまどこからその飲み物出したんですか?」
「このアイテムポーチだよー」
正装である入学式の際に着用していたオレンジ色の生地に銀糸をあしらったローブをめくり、現れた腰に巻かれているバッグを指差して、使っていたティーセットを片付けて見せる。
全てのセットが入りきるとは思えない小さなバッグの入り口に魔法陣が浮かび、その中へ吸い込まれる様に消えていった。
「初めて見ましたけどすごいですね!魔道具があるって事はそういった、何も無いところに出し入れが出来る魔法はないんですか?」
「んー、分類としては収納魔法っていうんだけどー、魔法陣が解読されていないから魔道具以外では使えないんだよー。でもあったら便利だねー」
ルーを見ながら学者としての好奇心を向けるシスミナは、人工スライムで自分より知識を持っているであろう事から、収納魔法の詠唱を知っているのではないかと思って期待していた。しかし、熱い視線に対してルーは首を横に振り否定する。
残念。それに似た魔法が使えるのはリルテです。
「まぁ良かったよーこのバッグには生物が入れられないけど、もしそんな事が出来て、容量も大きければ更に躍起になって戦争の道具にしようと追っ手がくるもんねー」
何もないところに巨大兵器や軍隊が突然現れれば戦況が一気に覆る。戦略的レベルが段違いなのだ。
戦力を欲しているものはあらゆる方法を使い血眼になって探し出そうとするに決まっている。
それを聞いて表情には出さず、内心でかなり動揺するリルテだが、幸いにも気付かれていない様で、周りを危険に巻き込まない様、次元空間の事は内緒にする方向へ決めた。
「おーい、そろそろ休憩する街に着くぞ!」
御者台からジュールの声が届き、竜車の速度が徐々に落ちていく。
一人だけ外に出ていたので退屈な時間を過ごしていたかと思いきや、道中に七面鳥ほどの大きさで突進攻撃を仕掛けてくるオルタンシアバードに遭遇し、運動がてら自慢の大剣で軽く倒したのだが、その戦闘をみていた御者の冒険者と武器などの話で意気投合し、ペロケドラゴンの操り方まで教わったりして充実した内容を送っていた。このコミュ力もイケメンたる要素の一つだと感じざるを得ない。
窓からはすっかり知らない景色が流れ、興奮したリルテは外に身を乗り出しながら前方に見える長く広がる壁に食いついた。
それはとても壮観で美しく、初めてミロンガルブ学園を目にした時と同じくらい、異世界にいる事を感じられるものであった。
〜ある日のGDL〜
「今日もリルテ君は安定の可愛さだったね!」
「そうだね!授業中のあの寝顔とかたまらない!」
「あはは、あれはまチがいなく保護欲を掻き立てられるのですよ!」
「えっ!?先輩の教室って離れてますよね?何故それを知っているんですか?」
「ふふ、同じ学園内にいるのにどうして授業を受けて愛でる時間を削らなければならないんでしょう……いやっ受ける必要は無いのですよ!何故ならリル君がそこにいるのですから!」
『おぉーっ!その通りです!』
「凄いカリスマ性あるお言葉です!そういえば先輩でしたよね?私がリーダーでいいんですか?」
「あははっ、リーダーは統率力が必要なのです。私はあなたにはそれがあると思うのですよ」
「でも先輩に指示を出すなんて恐れ多いですよ」
「むむっ、リル君を思う者同士そうゆう線引きはいくないのですよ。年齢なんて関係ないのです!アリア様の本にも書いてあるのです『ものの5分は君次第』と」
「そうゆう人いるけど!?ものの5分と行っておきながら1時間遅れてくる人とか!?」
「あははっ、つまりはそういう事なのですっ」
「どういう事っ!?」
「ふふっ、スピードは常にコップイッパイ!あなたにはそれがあるのですよ!」
「イメージしにくいっ!?……はぁー、アリア様の言葉がなぜ引用されたのか分かりませんが、先輩の言う事は分かりました!リルちゃんのために頑張ります!」
「フフフ、それに私がリーダーになっても直ぐに皆さん私を見失ってしまいますから……街に行った時みたいに……ぐすん」
「根に持ってたぁーっ!!」




