先手は大事です!
「なんで俺まで王都へ行かなきゃならないんだよ!」
夕食をとり寮に戻ってきたリルテは、同室の親友にシスミナからの伝言を伝えたのだが、その内容に明らかな拒否感を示す。
「ジュールがごねたら行く理由ならあるでしょって学園長が伝えろって」
「ぐっ……分かったよ、行けばいいんだろ行けば!」
面倒くささからの反応だと思っていたが、リルテが続けた言葉から察するに王都という場所に関係しているようだ。渋々ながらも同行を受諾し、不貞腐れるように武器の手入れを始めたジュールを見て、巻き込んでしまった気持ちから小さな罪悪感を抱いたのだった。
学園長室を出た頃には月が夜空の高い位置で綺麗に出ていた。
この世界には地球とほぼ変わらず同じ動きをしている太陽のような恒星と、ミウドレンの周りを回る衛星がある。優しく光る衛星は、地球の月と同様に吸い込まれそうな妖しさも持ち合わせていて、今宵はとても綺麗に円を描いている為、より一層美しく存在感を出している。
リルテが持っている魔物学の教科書によると、この世界にはドラゴン種と並んで脅威レベルの高いヴァンパイア種もおり、陽の光が苦手だが満月の日には力が強くなると載っていたので、さぞいい夜だろう。
そんな月が出ている時間に学園長室を出た三人であったが、食いしん坊という属性をつける為、意図的に空腹状態にさせられていたレラルは、早々に女子寮の食堂へ向かってしまったので別れた後、リルテ達は自室に戻り先に帰っていたジュールに伝言を伝え今に至る。
日頃の学校での出来事などはよく話しているが、過去の話はお互い話した事がない。
そのような流れも無く、そもそも気になってもいなかったので、タイミングがあれば聞いてみようとリルテは考えつつ夜が更けていくのであった。
「流石にそれはどうだろう……」
今日からまた授業が始まる。朝を迎えルーの言葉の内容に支度をしていた手が止まり困った表情を浮かべていた。
それは夢の中から起こされて冷たい水で顔を洗い歯を磨き、制服に着替えているところでさらっと自然に告げられた。
従者としてルーが授業にも付いてくると言うのだ。
普通に学校生活を送りたいリルテは戸惑いながらも丁重に断る理由を探していた。
また、あの食堂での二の舞は御免なのである。
「従者が主人の側で控える事は当然では?」
TPOが合っていれば正論に聞こえるが、学校へ授業を受けに行くだけであり、特に貴族が通う学校ではない。
一般の教室でどこの世界に毎日が日曜参観の生徒がいるのであろうか、好奇の目にさらされるのは何としても避けたい。ただでさえ美女と共同生活をしているという事で思春期真っ只中の男子生徒から妬まれているのに、その上一緒の教室に登校だなんて血の雨が降るかもしれない。
しかし、正当な理由なく拒否が出来ない優しいリルテは、ここで起死回生の一手を打たなくてはこのままでは押し切られてしまう。そこで、一雫の汗を頬に伝せながら勝負を仕掛ける。
「やっぱり、教室の中に一人メイドさんがいるのは他のみんなも気になって集中出来ないし、それに無断で授業を受けるのは駄目だと思うよ!」
必死に頭を働かせて言葉を搾り出したリルテにルーは考えるように一度閉じた目をゆっくりと開けて答える。
「……ご心配は無用です、生徒としてですから。勿論シスミナ様からの許可はもう得ています」
「すでに詰んでたっ!?」
「てか朝っぱらからうるせぇよっ!」
「うゎにゃッ!?」
いつもはギリギリまで寝ているジュールだが、部屋の中が騒がしかったので目が覚め、起こされた腹いせに驚愕の事実で声が大きくなったリルテの後頭部を枕ではたく。
鋭いが寝起きにより焦点の定まらない目で睨まれたので、すぐに謝罪したリルテが事の説明に及ぶが、諦めろの一言で済まされた。
確かに、学園長の許可が出ているのであれば、あとはルー本人の意思のみである。いつの間にか許可を得ており、対処しにくい直前でそのカードを切ってくるぐらいなので、たとえ何を言っても離れようとはしないだろう。
抗う術を持たないリルテは受け入れるしかない為、持ち前である切り替えの早さで淡々と支度を終えており、ルーが変身で制服に着替えるのを待って学校に向かう。
女性であるルーに気を利かせて部屋を先に出たジュールの後、Aクラスの教室に到着したリルテ達だが、ルーの件はすんなり受け入られた。
学園長のお墨付きがあるので当然ではあるが、今度は何をやったんだと言わんばかりにジト目で凝視しているアクセルを除き、クラスの生徒達は違和感なく迎え入れ普通に馴染んでいる。
この学園は実力主義で成績によっては、クラスが上がるものもいる為、生徒の人数が増える事も珍しくはない。しかし編入学は稀であり、それを分かっている先生だけが訝しんでいたのだった。
事前にルーの情報を掴んでいたGDLに混乱はなかったものの、リーダーだけは一悶着合った末、組手の相手がルーに代わってしまってしまい、唯一合法的に触れ合える時間を奪われた事で、血涙を絞るほどダメージを受けている。
そんな中準備を整えた生徒達を確認しアクセルの合図で実技の授業が始められる。
「宜しくお願いします!」
「お手柔らかにお願いします、マスター」
他の生徒は授業毎に相手が代わっていたのだが、リルテのみ固定であった為、新鮮な気分でルーと向かい合い挨拶をする。
今日も徒手格闘による近接戦である。お互いに構えをとり間合いを探りながら足を動かしていたが先にリルテが力強く踏み込み懐に入り込む。
「はっ!せっ!」
「うっ!くっ!」
ルーよりも身長の低いリルテは死角を意図的に作り、機動力による手数で右左のコンビネーションを打ち込む。
対して魔法に特化して過ごしていたルーは体術が苦手のようで防戦が続き、偶に型のない打撃を返すが全て見切られて避けられている。
「……マスター、かなり余裕があるようですね」
「今まで魔法が使えなかったからこれしか出来ないけど、ちょっとは自信がある……よッ!」
『バシンッ!』
左手から放たれた拳を右に避けたところで、身体の捻りを利用した回し蹴りがルーに直撃し、後ろに体勢を崩す。
実戦であれば追撃を加えるがこれは授業である為、リルテはその場で構えを解き声を掛ける。
「どう?父さんに結構鍛えられたから対人戦もなかなか動けるでしょ」
「……可愛い顔をして割と容赦ないですね。でもこれではマスターの為になりませんから、次は気を引き締めて参りますよ」
そう言うとおもむろに両手を胸にかざし、詠唱らしき言葉を早口で紡ぐ。すると腕や脚などに魔法陣が浮かび、リルテが身体強化魔法と悟った時には少し遅かった。
ルーの身体が一瞬ブレて視界から外れるが、すぐに拳が目の前に現れる。
「ッ!?にょわぁーーーっ!」
咄嗟に防御したが身体の軽いリルテは踏ん張りが利かず、路傍に捨てられている空き缶を蹴った時のように吹っ飛ばされた。
空中を数メートル舞いそろそろ地面に着くかと思われたが、着地の痛みがまだ襲ってこない。代わりにポスッとクッション飛び込んだ感覚が入ってきた。
着地したその先は幸か不幸かGDLリーダーの腕の中で、綺麗に受け止められてにこやかな笑顔が向けられている。
「リルちゃん!これはもはや運命ねっ!」
しばらく少女に離してもらえなかったリルテを取り戻そうと、ルーが駆けつけて取り合いが始まったので案の定、揉みくちゃにされていた。
こうして新しいクラスメイトを迎えて日々が過ぎ、王都へ向かう当日を迎えるのだった。




