新しい能力です!
「イネインについては大体分かったけどやっぱり持ち歩くのは色々と危険だよね」
先程の検証とルーの証言により、この剣が規格外であるのが分かった為、余程の危機的状況に陥らなければ使用しないと考えるそれ程の代物である。偶々、黒い直剣が目に付いたとしても、見た目だけでは神剣と分かりようがないのだが、誰が鑑定スキルを持っているか分からないので人目には触れさせない方がいいだろう。
「そうですね。かといって部屋に置いておくのも安心はできないかと思います」
シスミナがこの学園の防犯システムに自信を持っていたので、ほぼありえない事だが、侵入者により犯罪者の手に渡る事もあり得るだろう。やはり手元には置いておきたい。そこで次元空間の出番だとリルテは考えている。
次元空間の存在に思い至った経緯として、まずオルトロスとの戦闘中に折れた剣と入れ替えでイネインが出てきたのは確実である。
もし、物体を作り変える事ができる魔法があれば鍛治職人はいらないだろう。まして武器についてあまり知らないリルテが、この様な剣を創造するのも難しいはずである。なのでこの事象を神様から与えられた次元空間であると確信した。
ただ発動方法が分からないので色々試さなければならない。
ルーなら知っているかと思い尋ねる。
「アイテムボックスなんていう魔法はあるの?」
「普通にバックの類で、見た目よりも多く収納できる魔道具としてなら見た事があるのですが、私でもその様な魔法は存じておりませんね。もしかすると大戦前でしたら存在していたのかも知れませんが」
「魔道具でならあるんだ。じゃあ割と世間一般では流通しているの?」
「いえ、王族やギルドの幹部、大商人の一部くらいだと思います」
現在では作れるものがおらずダンジョンなどの出土品でたまにオークションなどに出回るらしいが、容量によってとんでもない額で落札されたりするそうだ。特に商人であれば、大型の荷車や護衛の雇用などの人員面を含む輸送コストが抑えられるので、喉から手が出るほど物にしたいアイテムである為、市場価値はとても高くなる。
そもそも魔法が付与できるのであれば作成者は使用出来る筈である。まずは魔法陣の内容を理解する事が必要であり、研究はされているらしいが未だ読み解けず解明には至っていない。
「これもロストテクノロジーというやつですね。私には劣りますが」
ドヤ顔を決めたかのようなメイドさんにリルテは苦笑しながら肯定する。顔の表情筋は微妙にしか変化していないので、リルテがそう思っているだけかもしれないがきっと合っているだろう。
ルーが話してくれたオチ付きの説明で、やはり発動する魔法を理解する事から始めないといけない。しかし魔力を手に入れたばかりのものがそれを簡単には出来る訳もないので手探りで行うようだ。
まずは安易ながらも大きく透明な箱を思い浮かべた。そして魔力により発動させるのだが、イメージを固める為の詠唱に必要な言葉が分からないので適当に声に出してみる。
「ボアットアアーティクル!」
声だけが空を切るように響いたが突き出した手の平には何も起こらない。そこにはただ中二病に見られる痛い格好をした少年がいるだけだった。
しかも書籍などを読んで憧れていた魔法をこの手で使えると、顔を反対の手で半分ほど覆ったり張り切って格好付けてしまったが為に、余計に香ばしい匂いを醸し出している。ここが魔法の存在する異世界で良かったと心から思うリルテであった。
「…………う、うーん。アイテムボックスというイメージが違うのかな?」
「格好付けた割に魔法の不発とは、程よく無様ですね」
「ぐふっ……!」
何事もなかったように振る舞おうとしたのだが、メイドさんにはスルースキルが欠けているようでダメージを受ける。内容的にも半分罵られているのと同じなので当然だろう。哀れ少年。
気を取り直して再度考察を始めようとブツブツと呟きを繰り返す。
ルーは発言後、自分なりに役立とうと記憶を掘り返しているのだが、やはり該当するものが出て来ず、続けて凛とした姿勢で一点を見つめながら集中している。ただ視線の先がリルテであり、当のご主人様は美人に熱い眼差しを浴びているのであまりいい案が浮かんでいない。
しばらくして、顎に手を当てながらその場でウロウロとしていたのだが、突如ピコーンと流星が当たったかのように何か閃き、ボソッと考えていた言葉をこぼす。
「次元空間だから空間の切れ目をイメージするとかかな?」
頭の中でいま口に出した事象を描いた時、リルテは少し身体の外へ流れるような魔素を感じた。
ただ発動の際に欠かせない魔法陣は出ていない。しかし、目の前の景色がユラユラと揺れて波紋のような空間の歪みが、まるで蜃気楼かのごとく部分的に見える。
不思議と吸い込まれるように手を伸ばしてしまい、その部分に指が触れると液体の中に手を入れたように飲み込まれ第二関節から先が消えた。
「マスター!?指が!」
慌てたルーは直ぐに駆け寄り癒しの魔法を発動しようとするが、その前に歪みから手を抜いたリルテの指が元に戻っていたのを見て驚いた顔をしている。
「マスターも再生魔法を使えるのですか!?」
「いや、使えないよ。昨日まで魔素すら感じられなかったくらいだし」
「では一体何が起きたのですか?」
「多分だけど違う空間に繋がっているんだと思う。説明するよりもとにかく使ってみるね」
これまでの事からリルテの仮説では折れた剣がこの中に入っているのだが、出し方が分からないのでもう一度歪みを発動させ、試しに折れた剣を思い浮かべながら手を入れ探る。すると何かを掴めた感覚がしたので引き抜くと昨日の戦闘時に折れた剣が姿を現した。
「え?どこからそれを?」
「なんかアイテムボックスに似たものが使える見たい」
「何もない所から?……ちょっとうちのマスターがチートっぽいスキル開花させてるんですけどーマジヒクわー」
「キャラブレすぎじゃないっ!?」
「失礼致しました。少し取り乱してしまいまして。…………私だけが特殊ではないみたいで嬉しかったのです」
「……ん?」
最後の方の言葉は聞き取れなかったリルテだが、ルーの豊かではない表情が笑った様にみえた。きっと自身の所為で、周りに被害や迷惑をかけない様に長い間一人で生きて来たので、孤独感から初めて自分と共通するものと出会えた事で漏れた言葉だったのであろう。
次元空間は歪みに手を入れてイメージすれば出し入れ出来るようだが、オルトロスとの戦闘時みたいにパッと消えたり出したり出来ないかと、イネインを手に取り空間に収納するイメージを頭の中に作り出す。すると黒い直剣が光りリルテの手の平から質量が消えた。
そして今度は手にイネインをイメージする。光りと共に先程と同じ手の平に出て来た。
やはりリルテの考える地球の創作物みたいに出し入れする事が可能のようだ。
「おぉー魔力を使って念じたものが取り出せるのかー。あれ?でも魔法陣が出てないけどなんでだろう?」
魔法を発動すると魔法陣が浮き上がる。つい先日授業で教わった話だ。なので敵と対峙している時は常に注視しながら立ち回れと教わったばかりである。
「極稀にスキルの一部では魔法陣が浮かばない事があります。原因は分かりませんが」
そういえばスキルアナライズも魔法陣は浮き出ていない。何か関連があるのかと疑問を残すのだった。
それから、ルーも言っていたがアイテムボックスという魔道具ですら貴重である為、次元空間の扱いの方も学園長には相談が必要だと思うリルテであった。