検証します!
「で、今日はどうするよ?」
案件の整理がある程度ついたので、本日の予定をベッドのシーツを直しつつジュールが確認する。
入学してから初めての休日を迎えるにあたり、買い出しなども含めて街に遊びに行こうと計画していたのだが、ルーを迎えたので変更の可能性も出てくる。それに校外実習の件もあり、リルテを気遣って休息も必要だとジュールは考えていた。
どうやら顔だけでなく内面もイケメンの様だ。実はリルテとは違い、正当な角度でファンクラブに近いものが出来ていたりする。なのでこの部屋の注目度は高い。これにルーが加わればどうなるのか、想像だけでも大変な事になりそうである。
「んー少し気になる事があるから報告も兼ねて学園長の所に行くよ」
「ではお伴致します。私もシスミナ様にお聞きしたい事がありますので」
「了解、俺は授業でちょいとわかんねぇ事があったから図書室に行くわ」
「じゃあ、別々の行動をする前にお腹も空いたし取り敢えず皆で朝食を食べに食堂へ行こう!」
「いや、やめといた方がいいと思うけど……」
「え?なんで?」
「お前が気にしないなら別にいいけどな」
含みを残した言葉に疑問を残して身支度を整えた後、三人は朝食を取りに向かう。
「こういう事か!」
「だから言ったのに……」
食堂に着くなりジュールが懸念していた事が起きる。
それは、そこにいたほぼ全ての者から痛いくらいの視線を浴びており、恐縮したリルテはガリガリと精神を削られている。
ここは寮の食堂なので男子しかいない。そんな中メイド姿の上、スタイル抜群の美女であるルーを側に連れて行くとどうなるか。
答えは明白で嫉妬と好奇の視線である。この状況は流石に辛いなと顔を引きつらせながら横にいるルーの方を見ると微動だにしていなかった。
男ばかりの視線に怖がっているのかとリルテは思っていたのだがーー
「ボウフラ共のねっとりとした視線が不快です」
「毒吐いた!?」
ここにいる男子達は、このメイドさんにとって有象無象にしか見えていなかったようだ。
しかし、そんな悪言も一部の者に何かを芽生えさせていた。そう遠くない未来に、信者が出来てしまうだろう雰囲気が出ている。
食事を受け取りこの空間から早く離脱しようと掻き込むように朝食を済ませた後は、ジュールと別れて職員室で学園長の所在を聞いたのだが留守だった。何やらとある生徒に稽古をつける為、一緒に出掛けて行ったとの事で、戻って来るのは夕方くらいになるそうだ。
「時間が出来ましたがどうなさいますか?」
中庭を望む廊下を歩きながら主人の意思確認を行うメイドさん。側から見ると貴族のそれである。
「んーちょっと人目につかないところで検証したい事があるんだけど手を貸してもらっていい?」
「かしこまりました。人気の無いところであんな事やこんな事をして私をお調べになるのですね」
「ちがうよ!?」
「追われていた境遇である私なりのスライムジョークです」
「ジョークの割に内容が重い!」
つい今しがたの貴族感をぶち壊したまだ掴み切れていないルーの言動に振り回されながら、訓練場の人気がない片隅に到着する。
いつもは授業や放課後に使用する生徒がいて賑わっているが、今日は休日ともあって人はまばらですぐにこの場所を確保出来た。
「では脱ぎますね」
「さっきのはジョークだったのでは!?」
スルスルとスカートを脱ごうとするルーを必死で止めて、順調に疲労を溜めていく。
「ちょっとしたおちゃめなのに……」
「無表情で淡々としながら言われても!」
分かりにくいほど微妙に残念そうな顔をするメイドさんに息も絶え絶えツッコミを終え、気を取り直してイネインを取り出す。イネインは昨日出現した際、鞘がなかったので布で包んだ状態で持ち運びしている。
「オルトロスとの戦闘中に何処からともなく現れた剣ですね」
たしかに突如として手に握っていたのだが、正確には折れた最初に装備していた剣の代わりに現れたのだ。他の目から見ると不思議な出来事であるが、リルテには思い当たる記憶がある。
それは神様が転生させてくれる時におまけと言って、くれたものだ。
あの時アイテムボックスを希望し、神様からはそれに似た次元空間というものを与えられている。
憶測であるがオルトロスとの戦闘中、瀬戸際で魔素操作が開花し次元空間が使えるようになった為、イネインが取り出せたのだと考えている。
なので、一度魔素を感じる事ができてからは魔力感覚は掴めているようで、昨日の一件からリルテは魔法が使えるようになっている。といっても使える魔法はこれから学んでいかなければならないので勉強が必要だ。
リルテが魔素を感じられなかったのは自分の内側、具体的には丹田を意識しすぎていたので、体全体に溢れる魔素を掴みきれていなかった。その為、魔素を感じる事も操作も出来なかったのだ。
例えば、目の前にある対象物を望遠鏡で覗き込んで見ているようなものなので、大きすぎて全体像が捉えられなかったと言う方が正しい。つまり認識すら間違っていたので操作するも何もなかったのである。
そして、スキルアナライズも性能がアップして物体の鑑定も出来るようになった。この剣がイネインだと分かったのはそのおかげだ。
性能が上がったのにも関わらずリルテがルーのマークに気がつかなかった理由は二つある。
一つは初めての大型魔物との戦闘がソロであったので余裕がなかった事。本来であればベテラン冒険者とパーティーを組み、経験を積んでソロで挑むのが普通であるのに初めて相対する魔物がレベル4なので余裕がないのも無理はない。
もう一つはルーのマークが丁度半分しか表示されていなかった事だ。何かの見間違いと思ったが今も変わらず半分しか表示されていない。なので視界に目立って入ってこなかったのだ。
さて、今リルテが行なっているイネインの検証に話を戻そう。
これは神剣である為、あまり人の目に触れないようにしなければ何が起こるか分からない。話が広がって略奪者に命を狙われる危険さえある為、慎重にしなければとリルテは考え、まずはこの剣を把握しようとここへやってきたのだった。
「オルトロスを簡単に両断出来たから大体は分かるけど斬れ味をもう一度試そう」
目に付いた訓練場の端にある岩を無造作に斬ってみる。やはりバターのように簡単に斬れた。
「ほぇーやっぱり凄いなー、力を全然入れてないのにスッパリだよ。漫画とかみたいに魔法も斬れたりするのかな?」
「マ、ンガ?とは何か分かり兼ねますが試されますか?これでも前マスターより魔法については色々教えて頂きましたので得意ですよ」
「イネインならもしかすると出来るかも知れないからお願いしてもいい?」
「かしこまりました。では安全を考慮して放出系魔法ではなくシールドを張りますのでこちらに攻撃を加えてみて下さい……ブクリエルミネ」
身体の前に突き出した手に円形の魔法陣が展開された。ルーは魔力が高く元々防御力の高いシールドが張れるのだが、詠唱をした事でより強固なものを展開している。これはオルトロスの攻撃さえも簡単に防ぐ事が出来るのだが、リルテが大きく振り下ろしたイネインにより意図も簡単に斬れた。というかシールドに刃が触れたと思ったら消失したのだった。
「あ、あれ?本当に斬れちゃった」
キョトンとするリルテに間髪入れずルーが次の動作に入る。
「では次に火球はいかがですか?タイミングが分かるように一応詠唱をいたします。それではいきます。……ブルドゥフ」
「ちょちょちょっ!準備してないのに……フッ!」
またもその手に魔法陣が展開され、そこからハンドボールサイズの火球が放たれた。急な魔法にも関わらず反射的に剣を当てる事ができたのだが、今度も触れた途端に火球が消失した。
「マスター、その剣は一体なんなのですか?魔法を切れる元より消失させるものなんて長い間生きておりますが今まで見た事もありませんよ?」
「てか危ないって!かなり焦ったんだから!」
「テヘペロー」
「棒読みっ!せめて顔は笑ってよ!」
冷や汗をかきながらリルテは魔法を二回も消失させた事で、イネインには魔法無効化が付与されていると確信した。
これにより、斬れ味もそうだがルーでさえ見た事のない特性を持つ剣であると分かったので、益々学校で使うには危険すぎると改めて思うのであった。