忘れてました。
ミロンガルブ学園は小島全体の約5割を占めているが、家屋が立ち並ぶ生活圏も存在している。そして、陸地と小島を繋いでいる橋を渡ると更に大きな街があり、隣国との中間地点として栄えている。そこで生まれ育った子供達の中にもこの学園に憧れ入学を目指す者は多い。
魔素の測定が終わった生徒達は早速、顔見知り同士で、何個かのグループを作って会話を楽しんでいた。その最中、突如何かが割れるような音に一同は会話を止め、音の出どころを探していた。
「測定が終わったから、全員自分の席に着けー」
「アクセル先生!今何かが割れるような音がしたんですけど、何かあったんですか?」
「あー、ちょっとプレートに不具合が出てな。それほど大した事じゃないから気にするな」
実際は大問題であるかも知れないが、アクセルは極めて冷静に対処した。
先程までは内心、学園長が手間暇かけて作ったプレートを事故とは言え、自分が立ち会っていた所で破壊してしまい焦っていた。教師として責任感が強いのか、はたまたシスミナにボコられるのを恐れてか、幸いその禿頭に汗を滲ませていた事に気付く生徒はいなかった。
「測定した数値はちゃんと覚えておけ。それを基準に個々に合ったやり方で魔力を上げていく事になるからな。では、今日は初日だからこれで終わりとする。解散」
何が起きたのか気になった生徒も多かったようだが、有無を言わさずアクセルがこの場を締めた。
リルテに関わる問題の可能性もあり、情報が漏れるのを防ぐ目的もあったが、単純に、アクセルは説明をするのが面倒くさかっただけである。
「まったく入学早々、面倒事を起こしてくれる」
「す、すいません…」
一番、面倒事を危惧していた本人が、渦中となり問題を起こしてしまい肩を落しながら、とぼとぼとアクセルの後を付いていくリルテだった。
教職員室につくと書類整理で忙しなく手を動かしている教師達を物珍しそうに眺めつつ、その奥の学園長室に辿り着いた。
「はわぁ〜、一仕事終えた後のロトンナッツブルーティーは最高だねー」
極彩色の飲み物を片手に寛ぐシスミナは、そのココアみたいな濃厚な香りを楽しみながら寛いでいた。見た目に反した香りに加え、味の方も変わっており、腐敗した魚の様な口当たりが一部の紅茶愛好家の中で流行していて、ロトンナッツの実と葉を乾燥させて作られている。世間ではゲテモノに分類されるが、物好きも極めれば新しい発見を探したがるのかもしれない。マニアとは常人には理解されないようだ。
ちょうどシスミナが飲み終えたところで部屋の扉からノックが聞こえた。
「学園長、宜しいですか?」
一言、シスミナに許可を取ったアクセルに続いて、リルテは入室した。
初めて訪れたリルテは、壮観な内装に開いた口が塞がらないでいたが、その様子を見てシスミナが微笑みかける。
いつも間延びした話し方によって子供っぽく見えるが、口を閉じている時の佇まいは綺麗なお姉さんである為、あまり免疫のないリルテは頬を赤らめた。
「お休みのところすいません。実は、魔素測定の際にここにいるリルテが、測定プレートを破壊してしまいまして、私では原因が分からない為、学園長に調べて頂きたいと思い、一緒に連れて参りました。」
「……ハイエルフ?」
「--!」
リルテが小さくボソッと呟いたその声を拾い、シスミナは目を見開いた。隣にいたアクセルにさえ、聞こえないほどであったのだが、流石は森の番人と言われているだけはあり、小さな音も鋭敏な感覚で聞き取ったのだ。
「報告ありがとー、アクセル。リルテ君の事は引き継ぐから、後は任せて業務に戻っていいよー」
そう言われ、アクセルは一礼し退室して行った。
ドアの閉まる音と同時にシスミナは、この案件について話し始めた。
「ではではリルテ君。プレートの件だけどー、劣化や力を入れただけでは割れない魔法を施しているんだよー。だから純粋に君の魔素量がプレートの測定限界値を超えて壊れちゃったって言う見解が正しいと思うよー」
「プレートの限界値って、学生用にそれ程高く設定してないんですよね?ちょっとだけ皆の魔素量よりも多かっただけですよね?」
自分が問題児でないと望みを懸けて質問したリルテは只々必至だった。平穏に学生生活を送る為、目立ちたくなかったし、それにレラルの件もあるからだ。
「いやいやー、このプレートは私の魔素量を基準に発明して作ったからプレートが壊れるって事は確実に私より上だよー?だから私が直接リルテ君を調べてみてもいいかなー?一応、鑑定スキルを持っているし、この国では私が一番、魔素量が多いのにそれを超えちゃう君に、すっごく興味あるんだ!」
鑑定スキルは、リルテのスキルアナライズの下位互換であるが、名前や種族、年齢などを見る事ができる。しかし、魔素量だけは目で見えず直接、対象に触れなければ見えない。
「分かりました。僕も自分の事は把握しておきたいので、お願いします」
「ありがとう!じゃあ、早速始めようかー。リルテ君、手を貸してもらっていいー?」
今後の危機回避にも、現状を知っておかなければまた、厄介ごとが増えると考え、半ばヤケクソ気味に答えたリルテの手をシスミナが取る。
しばらくすると、プレートに触れた時のように淡く発光しだした。ただ、前回と違う点は、重ねている手の上に魔法陣が浮かびながらゆっくりと回転しており、それ以上発光する事はなかった。
魔法陣の回転が止まり、光も消えたところでシスミナは手を離し、椅子に掛けるよう促した。
「会った時から分かっていたけど、思った以上だねー。だって魔素量の底が見えないもん。君の身体のどこにそれほどの量を溜め込んでいるか分からないくらいだよー」
「会った時からですか?」
「うんうん。リルテ君が私を見た時、ハイエルフって呟いたでしょー。君って、鑑定もしくはそれに似たスキルを発動していないかい?スキルは補正するから魔力が低くても使用出来るけど、膨大な魔素を使うから普通は、魔力が高くないとスキルを持っていても使用出来ないんだよー」
それを聞いてリルテは目を輝かせていた。
しかしそれは、自分にチート級の魔素が有った事にではなく、不用意に言葉を漏らしていたことを反省しながらも、あの呟きを聞き取れるエルフぱねーっ、流石はファンタジーの住人だと、妙なところでテンションが上がっていたのであった。
「もう一つの理由は、特有の髪の色だから普通の人はエルフだって思い込んでいるんだけどー、実はハイエルフって事は公表していないんだよー」
ハイエルフの特徴である紋様はいつも手袋をしている為分からず、例え見えても一般的には広まっていない。只でさえ、文献が残っていないくらい珍しい種族に会う機会も無いので、初見で分かる者はいないのだ。
「なるほど、よく分かりました。小さい頃から剣技しか磨いてこなかったので、色々知れて良かったです」
「今はまだ魔法が使えなくても、リルテ君の魔法の運用次第では、世界さえもが変わってしまうかもしれない事を忘れないでねー」
平和になった世の中であるが、決して争い事が無くなったわけではない。意図せず、何かに利用されたり、巻き込まれる可能性だってあり得る。強大な力を持つにも、良い事ばかりではなく苦労はあるはずなのだ。シスミナは自分の経験上からリルテに言葉を送った。
「はい!魔素量に振り回されて暴走しない為に、魔力を上げて制御出来るよう頑張ります!」
「その粋だよー!君は面白そうだし、私もちょこちょこ顔を見に行くからねー」
問題の原因が分かり、ほっと一安心したリルテは、自身が強くなる事で、対処出来る幅が広がるのであれば、それに越した事はないと前向きに考え、先ずは早く魔法を覚えようと決意した。
入学早々、権威ある学園長と対面していた緊張も、話しているうち徐々に和らぎ始めた事で、ふと窓の外を見ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
「あっ!」
「どうしたのー?リルテ君」
「友達を待たせていた事、忘れていましたっ!」
世界を変えてしまうかも知れない力の事は忘れないでほしいなと、リルテの額に指を当てながら、シスミナは念を押した。
急いで、学園長に礼を言いながら部屋を出たのだが、当然ながらこの後、ジュールにムチャクチャ怒られたリルテであった。