7 校門前の並木道
帰り道、三人並んで葉桜の続く校門前の並木道を歩いていた。歩く道には石畳が整然と敷かれ、美しい直線を作っていた。さわさわと葉と葉の擦れる音が、心地よかった。そんなさざめきを聞きながら、僕たちはゆっくりとした足取りで歩いていた。まるでその道のりを惜しむかのように。
「なんか気持ちのいい日だね」
そういう沙耶ちゃんの表情には、朝に見たような陰りはもう見あたらなかった。僕はその表情を見てほっとした。
「本当だね。このまま帰るのがもったいないくらいだ」
本心だった。できることなら、もっとこの時間が続いて欲しかった。
「同意だ。沙耶くんとこうしていられる時間は、なにより代え難い」
沙耶ちゃんを挟んだ向こうから、美周が言った。ときどき美周のこうしたストレート過ぎる言動に面食らう。恥ずかしげもなく、こんなことを言ったりするのだ。それも沙耶ちゃんを目の前にして。しかし言われた当の本人は気づいていないのか、はたまた気にしていないのか、特別なんとも思っていないようなので安心する。
「お前って、よくそういうこと平気で言うよな」
「なにがだ」
「なにって……」
こちらもなにも気にしていないようだ。天然という意味では、沙耶ちゃんも美周も似たもの同士のようである。
「そういえば小太郎ちゃん。部活決めたの?」
沙耶ちゃんが、ふいにそんなことを言ってきた。
「ううん。まだだけど。沙耶ちゃんは?」
「わたしもまだ。……なんとなく気後れしちゃって」
「ああ。わかるよ。周りは持ちあがりで来てる人たちばかりだもんね。しかもほとんどがお金持ちだし。僕らってその中じゃ浮いた存在だろうしね」
「でも小太郎ちゃん、昔剣道やってたじゃない? 結構続けてたと思ったんだけど。やらないの?」
「いや。それはまあ、考えないでもないけど……」
僕と沙耶ちゃんは、以前、家の近い幼なじみだった。小学校の五年生のときに沙耶ちゃんが引っ越してしまうまでは、よく一緒に帰ったりしたものだった。お互いを名前で呼び合っているのは、そのころからの習慣なのである。
実のところ、高校生になってまで『ちゃん』付けで呼び合うのは、少々気恥ずかしさもある。しかし、沙耶ちゃんが今でも親しげにそう呼ぶのを、嬉しくも感じるのだった。
二人揃って秋庭学園に入学することになろうとは、さすがに予想もしていなかったことだったが。
「剣道なら、僕もたしなむ程度ならやっていたぞ」そう口を挟んできたのは美周だった。
「えっ、そうなんだ! わあ、すごい。いいじゃない。二人の戦うとこ見たい!」
沙耶ちゃんは美周の言葉を聞いた途端、はしゃいだ声を出した。
「え、駄目だよ。まだやるって決めたわけじゃないし」
「なんでー。小太郎ちゃんの剣道着姿見たかったのに」
「ここの道場もなかなかのものだぞ。体験入部くらいしてみたらどうだ」
「な、なんだよ。美周まで」
「そういえば、美周くんはこの学園長いからそういうのもくわしいんだよね。いいじゃない。小太郎ちゃんいろいろ教えてもらいなよ。剣道部じゃなくても、他にもいろんな部活あるんだし」
「えっ、こいつに?」
「なんだ。嫌なら僕は構わないぞ。沙耶くんだけに、懇切丁寧なレクチャーをしてあげよう」
美周は僕や沙耶ちゃんとは違い、中等部からこの学園に通っている。だから、この学園のことにはかなり精通している。気にくわない相手だが、そういった意味ではかなり助けられていた。
高等部から来た僕たちのような生徒は、この広大な学園の敷地ではまず迷う。そして普通の学校の仕組みとはかなり異なることもあって、始めのころは戸惑うことが多かった。そんなとき、美周がいろいろと教えてくれることがあって、実のところ助かっていたのだ。
それが、沙耶ちゃんに近づくための親切だということはあからさまだったのだが。
「まあ、見るだけなら……」
「やった! じゃあさっそく見にいこ!」
「えっ、今から?」
「だって善は急げって言うじゃない。気の変わらないうちに!」
沙耶ちゃんはそう言って、僕の手を引いた。思わず顔が紅潮する。沙耶ちゃんの手の柔らかさとぬくもりが、直に伝わってきた。走り出す沙耶ちゃんに引っ張られる形で、僕はそれに続いた。
「おい! 篠宮。その手を離せ!」
美周の慌てた声が、後ろから聞こえていた。