3 星空の夢
父さんと家に帰り、父さんは着替えるために寝室へと向かっていった。僕は居間に残り、少しの間佇んでいた。続きの和室に足を踏み入れると、ずっと閉じたままだった仏壇の扉が開けてあり、その下の台の上には、伏せてあったはずの写真立てが立て直されて置いてあった。父さんが直しておいてくれたのだろう。
「ごめんね、母さん」
僕がそう言うと、母さんが横に来てくれた。
「長い間引き留めてしまったね。でも、僕はもう大丈夫だから」
母さんは優しく微笑んでくれた。大好きなその笑顔を胸の奥に刻みつけておく。
「だからもう、母さんは母さんの行くべきところへ行ってもいいよ。今まで、本当にありがとう」
僕はそう言うと、写真の中の母さんに向き直り、その前で目を閉じ、手を合わせた。
これが僕にとっての、本当の母さんとの最期の別れだ。母さんはもういなくなるけれど、母さんの記憶は僕の胸に生き続ける。
再び目を開くと、もうそこに母さんの姿はいなくなっていた。切ないような苦しさが喉の奥にこみあげてきて、我慢していた嗚咽が漏れた。
母さんは、最期の最期に僕の耳元に声を残していった。
――愛してる、と。
その夜、夢を見た。
星空の中を、僕は漂っていた。
それはとても気持ちがよくて、まるで母親の胎内にいるような心地だった。
周りには無数の星たちが、それぞれの色合いで光輝いていた。強く、弱く。眩しく、柔らかく。
たゆたっていく僕の頭上の遙か彼方に、それは見えた。その星は始めはとても儚げに思えた。けれど、だんだんそれは力強くなり、強烈な美しさを放つようになっていった。
ああ。あれはきっと、沙耶ちゃんだ。
なぜか僕はそんなふうに思い、その光の先へと手を伸ばした。
届いたか届かなかったかわからない。そこで夢から覚めた。
しばらくそのまま動かずに、僕は天井をじっと見つめていた。それからゆっくりとベッドから起きあがって、部屋のカーテンを開けに行った。
なんだろうこの感じ。胸に広がるのは、なんとも言えない心地よさ。
これは、さっき見た夢のせいか。
朝の光を見つめながら、僕はそんなふうに思った。
小鳥の鳴き声と明るい日差し。遠くへ突き抜けるような青い空。窓の外を眺めながら、世界がいつになく美しいと感じた。
僕は空の彼方に思いを馳せる。沙耶ちゃんと、会えたかもしれない夢の出来事に思いを馳せる。
不思議な夢だ。だけど、なんだかとても幸せな夢だった。夢を見て、こんなふうに思うことは初めての経験だった。
思わず僕は願った。もう一度、そんな夢を見てみたい。もう一度、あの星空の海に身を浮かべてみたい。
沙耶ちゃんも、夢を見てこんなふうに思ったことはあるのだろうか。
そうだったらいい。夢を見て、幸せだと感じていてほしい。目が覚めて、幸せな気分で朝が迎えられるといい。そんな経験が、ひとつでもあれば、夢を見ることなんか怖くはない。
もう一度、空の彼方に願いを送る。
どうか沙耶ちゃんにもあの夢を。
あの、幸せな星空の夢を。
青空の向こうに広がる星空に、僕はそう願った。
次回ラストです。




