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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.9 衝動と静観と
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6 学園の思惑

 先輩たちの部屋をあとにすると、僕は美周に言った。


「まだ、いろいろ訊きたいことがあるんだ」


 美周は僕のその言葉を予想していたように素直に頷き、「静かなところへ行こう」と言って、その足で再び外へと向かった。道場の裏手のほうへと歩いていくと、ぽつんとベンチが置かれてあった。人の気配はなく、とても静かだった。美周と僕はそこに座ると、しばらく黙って足元の草を見つめていた。

 さっと風が僕たちの間を吹き抜けていったあと、美周は静かに話し始めた。


「篠宮。不思議に思わなかったか? なぜ自分が秋庭学園の特待生になったのか」


 美周が今、なぜそんなことを話し出したのか、すぐにはよくわからなかった。


「成績やスポーツの実績みたいに目に見える形でなら、推薦で入学することは不思議なことではない。だが、僕たちの力だったらどうだ? こんなもの、おおやけにして使っている人間なんて、ほとんどいないだろう。だから他人がいくらすごい能力を持っていたとしても、それを見た人間しかわかりようがない。しかし学園側は、G組の生徒の持つ能力をあらかじめ知っていて、特待生として呼んできている」


 なんとなく、美周の言いたいことがわかってきた。確かに秋庭学園から特待生の話が来たとき、なぜ自分が選ばれたのか、不思議だった。確かに僕には不思議な力がある。しかしそれを他人に吹聴したりしたことは、ほとんどないのだ。けれど、学園側はそれを初めから知っていた。しかし、だとするなら、それはなんという恐ろしいことだろうか。


「見られてたっていうのか? だけど、どうやって? いったいいつから?」


「テレパシーって言葉は知ってるか?」


「ああ、聞いたことはある。言葉じゃなくて頭で会話するみたいなやつだよな。小説とか漫画でよく出てくる……」


「まあ、おおまかに言えばそんなものだ。精神感応とも言うらしいが。つまり、それが秋庭の能力。その能力がどの程度の範囲で効力を発揮するのかなどのくわしいことはわからないが、とにかくかなりの能力者らしい。つまり、どこかで僕らは事前に秋庭に会っているか、すれ違っている。そこで心をのぞかれていた可能性が高いということだ」


 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。そしてその一瞬のあと、ぞくりと背筋が粟立った。

 のぞかれていた? いつから? あの人のが年上だということは、もう僕が生まれたときには、それはできたということなのか?


「う……そだ。そんなこと、できるはずがない……」


 自分のことが全部のぞかれていたという羞恥や恐怖が、じわじわと足元からのぼってきていた。嘘だと言って欲しい。なにかの冗談だと笑ってくれ。


「僕もくわしいところまではわからないんだ。どこまで知られているのか……」


 美周の口調は、とても冗談では済まされないものだった。僕は救いを求めて辺りを見渡し、結局天を仰いだ。


「このことは、学園の中でもほんの一部の人間しか知らないことだ。だから、本当はお前にも言いたくはなかったんだ」


「今、こうしていることも、僕が今思っていることも、なにもかもあの人には筒抜けかもしれないということなのか?」


 美周はそれには答えず、沈黙したまま、地面に視線を落としていた。

 嘘だ。そんな人間がこの世にいるはずがない。そんなことができてしまったら、それは神の所業じゃないのか。


「……すまない。やはりこのことは、お前に言うべきではなかった。僕の胸に留めておくべきだった」


 美周は、目を固く閉じ、震える拳を握りしめていた。僕は、美周が急に小さくなってしまったように感じた。美周自身は、いつからこのことを知っていたのだろう。すべてを見られ、家畜やペットのように監視されていると知ってしまった恐怖は、きっと僕も美周も同じだ。


「絶対にこのことを他の人間に言ってはいけない。理由は、言わなくてもわかるだろう」


 美周の声は厳しく冷たいものだった。言ってはいけない。それは、聞かされた自分自身が嫌と言うほどわかっている。自分のことを、他人がすべて知っているという恐怖、絶望。心の弱い人だったら、自殺してしまうかもしれない。今も僕自身、考えていることをのぞかれているのではないかと恐怖している。


「だがまあ……今更言ったところで空々しく思うかもしれないが、気にするな」


 聞いていて、本当に空々しかった。


「あいつにとっては、僕たちは数え切れないほどの大勢の中の一人だ。僕たちがなにを考えて、どう生きていこうが、余程のことでない限り、あいつにとってはどうでもいいことだろう。だから、忘れてしまえばいい。……気にするな」


 美周は噛みしめるように、再びそう言った。気にしない、なんてことはきっとできない。けれど、結局はそうするより他にはないのだろう。なんとも言えないわだかまった気持ちが胸に残る。


「……でも、どうしてあのとき、あの人はやってきたんだろう。沙耶ちゃんの夢のことをテレパシーで知っていたとしても、あの人がやってくる理由がよくわからない」


「それはたぶん……学園にとって都合が悪くなるような事態を消しにきたんだろうな」


「それはあの、先輩たちの記憶を消したこと?」


「そうだ。僕たちのような力を持った人間は、そういう力を持たない人間にとっては、偏見の対象となる。あのまま佐々木先輩が僕たちの力のことを騒ぎ立てたりすれば、僕たちは学園に居づらくなるだろう。だからああいうことをしたんだろうな」


「……つまり、僕たちを護ったっていうことか?」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。先輩をあのままにしてしまったら、そのあとどうなっていたか。想像するだけで恐ろしい。


「秋庭の本当の狙いがなんなのかは、まだよくわからない。だが、とにかく学園にG組という特殊なクラスを作ったのはあの人だ。それを護ろうとしていることだけはわかる。たぶん、今日みたいなことは、今までも何度もあったんじゃないだろうか」


「そのたびに、毎回あんな記憶操作みたいなことしてたっていうのか?」


「わからない。だが、僕たちがこうして普通に学園生活を送れているのは、あの人のおかげでもあるんだ」


 そうなのかもしれない。いつもは優しいはずの佐々木先輩までもが、美周や幸彦の力を目の当たりにして、あんなふうに変貌してしまうのだ。もし、大っぴらに僕たちが学園で特殊な力を使っていたとしたら、今ある学園生活はすべて崩壊してしまうのではないだろうか。


「あの学園は特殊だ。あらゆる意味で」


 以前に、美周が学園を信用し過ぎるなと言っていた意味が、今ようやく少しだけわかったような気がした。


「僕たちは、なんのために学園に集められたんだろう」


 秋庭登望聡は、なにをしようとしているのだろう。テレパシーという特殊な力を持ち、その力を使って、同じように特殊能力を持つ人間を学園に集めている。

 美周は沈黙していた。きっと美周にもわからないのだろう。


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