3 絶望の宣告
昼食を食べ終え、みなで沢へと向かった。結局小林は昼食時には姿を現さなかったので、また部活で忙しいのかもしれない。いるメンバーだけで向かうことにした。幸彦もまた交代に行くということで、だるそうに歩きながらもついてきていた。
「なんだかんだで合宿も、もうちょっとで終わりだねー」
相田が腕を頭上に伸ばし、そんなことを言った。しかし、このまま本当に何事もなく終わるのだろうか。日差しは明るく木の葉を輝かせ、空は青く透き通っている。平穏な空模様とは逆に、胸のうちは不穏な波風が立っていた。
もうすぐなにかが起こる。そんな気がしてならない。なにかに急き立てられるように、足は前へと進んでいた。
沢へとおりていくと、なにやら奥の方から人の声が聞こえてきた。嫌な予感がした。
「なんだろう。ちょっと見てくる」
僕はそう言って、美周がいるはずの上流へと駆け出した。
「え! あ、待ってよ。小太郎ちゃん!」
後ろから沙耶ちゃんの声が聞こえたが、僕の足は止まらなかった。胸騒ぎがする。今この時間、例の予知夢が現実と重なっているのではないか。沙耶ちゃんの夢が本当になってしまうのではないか。向こうにいる人物はいったい誰なのだろう。なにかがそこで起きてしまうのだろうか。そんな思いが僕の頭の中を、ぐるぐると駆けめぐっていた。
ふと横を見ると、着物姿の女の霊が沢の向こうの崖に立っていた。
やめろ。そんな寂しい目を向けないでくれ。頼むから、誰もそちらに連れて行かないでくれ。
頭が混乱する。これは霊のせいなどではないはずだ。僕があの霊を無視したせいではないはずだ。なのに、この焦燥感はなんだ。僕がなにも手を打たなかったせいで、なにかが起きてしまったのだとしたら。そうだとしたら僕は――。
「ふざけるな!」
つんざくような声のあと、バシャバシャと水の音がした。誰かがもみ合うように、上流の沢の中に入っていくのが視界に映った。争っている様子に、心が乱れる。
やめろやめろやめろ! あの女の目が僕の脳裏に蘇る。橋本正隆の暗い目が、僕を見つめてくる。僕にはどうすることもできないんだ。僕にはなにかを変えることなんてできないんだ。
目の前には、沢の中でもみ合う二人の男と、端のほうで倒れている美周の姿があった。沢の中でもみ合う二人の男は、佐々木先輩と大野先輩だった。
「やめろ!」
僕が叫んだのと、佐々木先輩が大野先輩を殴ったのはほぼ同時だった。大野先輩の体がそのまま宙に浮く。その下には岩が見える。
止められないのか。
僕にはどうすることもできないのか。
沙耶ちゃんを救いたいと、そう思った。そうすることで、僕自身も救われるような気がしていた。だけど、結局はなにもできずに終わってしまう。救いを求める霊たちを、見て見ぬふりをしてきた僕の、これは報いだ。
絶望感が全身を襲った。
もう駄目だ。沙耶ちゃんの夢は、最悪の形でこの場に再現される。
僕は思わず、目を固く閉じていた。
目を開いた次の瞬間に、最悪の状況がそこにあるであろうことを想像した。大野先輩は岩に頭を割られ、沢に染み出すように赤い血が流れる。沙耶ちゃんはその血をその目に映すのだ。そして、この現場を見て、絶望の悲鳴をあげる。
間に合わなかった。なにもかも間に合わなかった。僕はなにをしていたのだろう。僕はただ、漫然と無駄に時を浪費していただけだ。
僕は熱く滲む目蓋を恐る恐る開けた。
それは、絶望の宣告を受ける合図でもあった。




