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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.7 夏合宿
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8 合宿一日目の夜は更けて

「あれ? きみは美周正宗くん……だよね」


 美周の姿を見て、神谷先輩がそう口にした。


「ああ、先輩方。どうも。彼らのクラスメイトの美周です」


 美周は先輩たちの姿を見て、ぺこりと頭をさげた。


「先輩、美周くんのこと知ってるんですか?」


 沙耶ちゃんが、神谷先輩にそう訊ねる。


「そりゃね。彼、有名人だから」


 沙耶ちゃんは小首を傾げたが、僕はその台詞には納得がいった。美周の存在はかなり目立つ。見栄えもそうだが、成績でも常にトップクラス。上級生の間でも有名になっているのは、日々の生活でもわかる。


「それで、僕がなんだと?」


「ああ。それなんだけど。今、剣道部に誰か入ってくれないかという話をしていたところなんだ」


 僕がそう話すと、言葉を継ぐように沙耶ちゃんが話し出した。


「そうなの。それで美周くんも少しやったことあるって話してたから、どうかなと思って。以前は無理って言ってたけど、やっぱり今も無理かなぁ?」


 沙耶ちゃんが目をキラキラさせて懇願するようにそう言ったが、美周の返事は早かった。


「ああ、それは無理だな。申し訳ないが」


 ばっさり。考える間もなかった。たぶんそうだろうと思っていたが、もう少し迷う姿勢を見せてもいいのではないだろうか。

 美周は四月当初から、様々な部活から勧誘を受けていた。しかしどこの部活にも入る気はないようで、即座にその場で断っていた。当初はなぜあんなに美周をどの部も欲しがるのかと不思議に思っていたが、なんでもそつなくこなせるし、女子からの人気も高い。美周のいる部は注目され、人気があがると、そういうことなんではないかと今では思っている。だからこそ、美周はどこの部活にも入らないという姿勢を貫いているのではないだろうか。

 ある意味もったいない。なにかに打ち込めば、そこそこの記録は作れるだろうという想像ができてしまうぶん、なにもしない本人を見ていると、歯がゆいような気持ちになってしまう。


「そっかぁ。残念。でもそうだよね。美周くん生徒会もやってるし」


「ああ。そっちのほうもこれから少し忙しくなりそうだからね」


 そうなのだ。美周はどこの部活にも入らなかった代わりといってはなんだが、生徒会の手伝いをやっている。なんでも中等部時代も生徒会をやっていて、会長まで務めていたらしい。有名なのもその実績があるからなのだろう。


「そうか。まあ、今回はあきらめるしかないかな。また来年春の新入部員に期待するか」


 佐々木先輩は、はあとため息をついて天井を見あげた。団体戦への未練はまだ捨てきれない様子だ。

 そういえば幸彦はなにをしているのだろうと辺りを見渡すと、売店でなにやら物色中のようである。


「そういえば、桐生くんも部活なにも入ってなかったよね」


 沙耶ちゃんがまたそんなことを言った。僕は一瞬想像をめぐらして、すぐに首を振った。


「絶対あいつには無理。一日で逃げ出すに決まってる」


 本人の意志を問うまでもなく、僕はそう断じた。

 先輩たちはジュースを飲み終えると、もうそのあとはそれぞれの部屋へと戻っていった。なんだか二人きりの邪魔をしてしまったみたいで、少し申し訳ない気持ちになった。


「いい先輩たちだよね」


 相田がそう言った。


「うん。みんなどの先輩も優しくて素敵な先輩たちなんだよ」


 沙耶ちゃんはにこにこしている。なんだかとても嬉しそうだ。僕も、先輩たちと部活以外でこんなふうに話せたことが嬉しかった。先輩たちの意外な側面を、いろいろ垣間見られたような気がする。


「それにしても、あんなに仲良さそうだったのに喧嘩なんてするのかな」


 相田がそう言って頬杖をついた。僕も、とてもあの二人が喧嘩をしているところを想像ができなかった。


「小さなほつれが生じれば、どんなに固く繋がっていても、いずれは大きな破れに繋がる。なにかふとしたことがきっかけで、あの二人に亀裂が入るのかもしれない。とりあえず様子を見るしかないだろうな」


 美周がそう言うと、みな頷いた。幸彦だけはそんななか、まだ売店から帰って来る様子はなかった。

 その夜は静かに過ぎていった。僕は体は疲れているはずなのに、目だけが冴えてなかなか寝付けなかった。隣のベッドでは、槇村先輩がすやすやと寝息を立てている。僕は外気を吸おうと窓を開けてみた。すると、すっと新鮮な空気が顔を撫でていった。高原の夜は夏でも涼しい。空を見あげると、星がとてもきれいだった。いつもは見えないような小さな星まで見える。空気がとても澄んでいるのだろう。


 視線を下に向けると、真っ黒な海が広がっていた。それは海ではなく森だったのだが、まるでその漆黒の闇を見ていると、海の中にでも浮かんでいるように思える。夜の森は怖いくらいに黒くて静かだ。なにか大きな化け物でも潜んでいるかのように、黒い森が風に揺れていた。


 この合宿中に本当になにかが起こるのだろうか。沙耶ちゃんの予知夢の意味はなんなのだろう。

 そんなことを考えて、僕は薄ら寒い気持ちになった。何事もなければいい。ただ無事に終わればいい。沙耶ちゃんもきっと今頃、そんなふうに思っているのではないだろうか。

 どうか、沙耶ちゃんが安心して眠りにつけますように。そう僕は祈る。沙耶ちゃんにとって、不安な夜が少しでも少なくなればいい。


 たとえ哀しみが星の数ほどあるのだとしても、数え切れないほどの苦しい夜が続くのだとしても。それでも。


 夜空はこんなに美しいのだと、どうか気づいてくれますように。


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