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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.7 夏合宿
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4 見張り番

 僕たちは美周と合流するために、沢のほうへと向かった。向かう間中、僕の胸はざわついていた。沙耶ちゃんのあの心配そうな表情が、なぜか頭に張り付いて離れなかった。

 沢の近くまでおりていくと、水の音が耳に打ちつけてきた。水の甘い匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。水辺近くに来て、先程より涼しさが増したように感じた。沢の流れは以前見たときと変わらず、清らかで美しかった。

 辺りに美周の姿は見あたらなかった。


「たぶんあっちの岩場のほうだな」


 上流へと続く遊歩道の階段をのぼっていく。沢は僕たちに戻れと言わんばかりに、進行方向とは逆の流れを見せつけていた。

 階段をのぼりきったところに、美周はいた。岩に腰かけ、じっと水面に目を向けている。


「美周くん!」


 一番先に声を発したのは、沙耶ちゃんだった。僕たちが近づいていくと、美周はゆっくりとこちらに顔を向けた。


「やあ、どうしたんだ。みんなして」


「大丈夫か?」


 相田の問いかけにいまいち飲み込めない様子の美周に、僕が説明した。


「幸彦が交代のこと忘れて昼寝してたみたいで、慌てて様子を見にきたんだよ」


「ああ、そうだったのか」


 何時間ここで座っていたのか。美周はなんでもないような顔で笑ったが、少し顔色が悪いようにも見えた。


「本当は何時に交代するはずだったんだ? そういえば昼も来てなかったよな。朝からずっとだったら、かれこれ七時間以上は経っているけど」


「ああ、もうそんなに経っていたんだな。まあ、本当は昼過ぎに一度交代に来るように言っていたが、別に構わない。幸彦に期待するほうが間違っている。これくらいは想定の範囲内だ」


 幸彦のほうを見ると、少し離れたところでふて腐れたように横を向いていた。


「それより、あの例の剣道部の先輩のほうは見ていなくてよかったのか? わざわざ僕の様子を見に来るために、みなでおしかけることもなかったのに」


 そういえばあの二人のことを見張るのを忘れていた。部活動のときは、いつもと変わりはないようだったが。


「まあ、ちょうどいいところだ。少し交代してもらうとしよう」


 美周が立ちあがるのと同時に、沙耶ちゃんが近づいていった。


「ねえ、美周くん。もういいよ。こんなこと。もう、やめようよ」


 沙耶ちゃんのその言葉に、美周は驚いたように目を見開いた。沙耶ちゃんと美周は見つめ合うように、お互いの顔から目を逸らさなかった。


「こんなことしてても、なんの意味もないかもしれないんだよ。わたしのためにそこまでしなくてもいいよ。それに美周くんにとっては全然関係ないことだし……」


 沙耶ちゃんがそこまで言うと、美周は視線を沙耶ちゃんからはずし、僕のほうを見た。僕がその視線の意味を酌んで頷くと、美周も得心がいったのか頷き返してきた。美周は水面に視線を移すと、つぶやくように言った。


「……関係ないなんて言わないでくれ。これは僕が好きでやっていることなんだ。やりたいからやっているだけなんだ」


「嘘。こんなこと誰もやりたいわけないよ。どうしてそんなにまでするの? こんなことまでしなくたっていいんだよ」


 沙耶ちゃん。駄目だ。それ以上言わないでくれ。やらなくていいなんて言わないでくれ。でないと。


「わたしの夢のせいで、誰かがつらい思いをするのは嫌なの。美周くんが大変な思いをしてまですることじゃないんだよ」


 沙耶ちゃんは半分泣きそうな声をしていた。見ていた僕は、喉の奥が詰まったみたいに苦しくなった。


「沙耶くん。聞いてくれ」


 美周は再度、沙耶ちゃんのほうへと視線を戻して言った。


「黙ってこんなことをしていたことは、謝る。言わなかったのは、沙耶くんのことだ。そうやって止めようとするのが予測できたからだ。だけど、もはやここに来て止めるのは無駄だ。僕はもうすでにこれを始めてしまった。いくら沙耶くんの頼みといえど、それを途中でやめるわけにはいかない。これは僕の意地の問題でもあるんだ。だからわかって欲しい」


 美周はひと呼吸置いてから言った。


「このまま、続けさせて欲しい。これは、沙耶くんのためだけじゃない。僕自身のためでもあるんだ」


 美周の言葉には、有無を言わせない迫力があった。沙耶ちゃんも、もう言い返すことができないとわかったのか、視線を下に落としていた。


「まあまあ、美周がここまでやりたいって言ってるんだから、沙耶も任せておきなよ。こいつはこいつの考えがあってやってるわけなんだからさ」


 相田が場の緊張を解くようにそう言って、沙耶ちゃんの肩を叩いた。それに対して沙耶ちゃんは、あきらめたように頷いていた。それを見て、僕はほっと息をついた。とにかく、どうにか沙耶ちゃんによる計画中止だけは、まぬがれることができたようだ。


「とりあえず、美周も交代してひと休みするって言うんだから、沙耶もそんな心配することないって。それより感謝のひと言でもかけてやったらいいんだよ」


 そう相田に促された沙耶ちゃんは、ようやく笑顔になって言った。


「……あの、ごめんね。ありがとう。美周くん」


 ナイスフォロー。この場は相田の存在にひたすら感謝だ。


「さ、そろそろ夕飯になる頃だし、戻ろうか」


 相田はそう言うと、沙耶の背を押しながら、その場を離れていった。


「さて、じゃあ、幸彦。僕もこのあと食事などしてひと息ついてくることにする。日暮れまではもう少し見張っていたほうがいいだろうからな。交代までしっかり頼むぞ。まあ、お前ほど遅くはならないつもりだから安心しろ」


 幸彦は黙って頷いていた。やけにおとなしいのは、さすがに少し悪いと感じたからだろうか。

 美周はぐっと伸びをしながらその場を離れていった。その後ろ姿は、長時間見張りを続けた場所からようやく解放されたことで、緊張から解き放たれたようにも見えた。僕も幸彦に別れを告げ、そこを離れた。


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