5 突然の呼び出し
剣道部の夏合宿を控えた前日の朝。突然僕の携帯電話が鳴った。部活が休みなので、のんびり朝寝をしていた僕は、その音で目が覚めた。ベッドに寝そべったまま、枕元に置いておいた携帯電話を手にする。着信を見ると、沙耶ちゃんからだった。それを見た僕は、思わず携帯電話を取り落としそうになってしまった。慌てて持ち直して起きあがり、電話に出た。
「あっ、はい!」
緊張のため、つい声がうわずってしまった。
「もしもし小太郎ちゃん? ごめんね。朝から」
沙耶ちゃんから僕の携帯電話に電話がかかってくるのは、これが初めてだった。予知夢のことについて相談するようになってから、なにかのときのためにと僕と沙耶ちゃん、美周の携帯番号とメールアドレスをそれぞれ交換しておいたのだ。ある意味ラッキーだったが、いざメールや電話をしようと思うと、あがってしまって今までできずにいた。
それが、沙耶ちゃんのほうから連絡してくれたのだ。緊張と驚きとで、僕は電話越しにもかかわらず、正座をして身を正していた。
「どうしたの。なにかあった?」
メールではなく電話をかけてくるということは、もしかしたら緊急性をともなう用件なのかもしれない。
「あのね、今日暇かな?」
まさか。まさかそれは。
「暇だったら、ちょっと会えないかなと思って」
なんということだろう。これは夢ではないのか。きっとそうだ。本当は僕はまだ眠っていて、これはまだ夢の中なのだ。そうでなければ、こんな幸運があるわけがない。沙耶ちゃんが夏休みに僕を誘ってくれている。もしかして、これはデートというやつなのではないのだろうか。
いつもの駅前に十時集合ということになり、慌ただしく準備をした。まだ時間はあるとはいっても、そわそわしてしまう。
「なにそわそわしてるの?」
母さんにも言われてしまった。ここは少し落ち着かなくては。
顔を洗い、髪を整えて服を着替えると、僕は家を出た。外に出た途端、夏の暑い日差しがじりじりと照りつけてきた。青い空を見あげると、ソフトクリームのような入道雲が顔を出している。
夏休みなんだな。
そんな当たり前のことを、あらためて思った。
休みに入ってからも部活ばかりやっていたので、夏休みらしい夏休みを過ごすのはこれが今年初めてかもしれない。
足取りも軽く、駅へと向かった。
ちょうど来ていた電車に乗り、いつもの駅へと向かった。電車内には、夏休みということもあり、親子連れや学生の姿が多かった。みな、どこかへ遊びに出かけるのだろう。
目的の駅に到着し、電車を降りて改札口へと向かう。プラットホームから改札口をちょうど出たところで、前方から声がした。
「小太郎ちゃん。こっち」
私服姿の沙耶ちゃんが、僕に気づいて手を振っていた。思わず笑みがこぼれそうになった次の瞬間、表情筋が凍り付いた。
僕の顔を不愉快そうに見ながら、沙耶ちゃんのすぐ後ろに美周が立っていた。
「おはよう。小太郎ちゃん」
「お、おはよう」
ぎこちなく笑みを浮かべる僕。そうか。そういうことか。なるほどね。
勝手に沙耶ちゃんと二人きりだと、勘違いしていた僕がいけなかった。つきあっているわけでもないのに、デートなんてできるわけがない。勝手に一人で舞いあがっていた自分が恥ずかしかった。
「ゆかりちゃんももうすぐ来るはずだから」
しばらく三人でそのまま待っていると、すぐに相田も合流した。
「暑いし、とりあえずどっか入ろう」
女子二人が先に歩いていく様子だったので、僕と美周はその後ろに従った。微妙な並びだと思いながら、以前もこんな状況があったことを思い出した。




