3 部活に励む
夏休みに入り、学園内には緩やかな時間が流れていた。しかし、部活動に励む生徒たちには、そんな緩やかな空気を味わうようなゆとりはなかった。特に運動部では、いつも以上の厳しいメニューが組まれ、どこの部も、練習に励む生徒たちの声で溢れていた。
僕たち剣道部においてもそれは同様で、部員たちはここぞとばかりに部活動に打ち込んでいた。
「地稽古始めッ」
新しく主将になった佐々木先輩の合図とともに、剣道場内にかけ声や竹刀を打ち合う音が響き渡った。三年生の男子の先輩二人は、六月で引退してもういない。剣道部で今いるのは、二年の男子の先輩三人と僕。女子の先輩はまだ二年なので引退することもなくそのまま。沙耶ちゃんも入れて、七人だ。
僕の今の相手は大野先輩。大野先輩は落ち着いた剣さばきが持ち味だ。体格は普通。男子
ではどちらかというと小柄なほうだ。とはいえ、僕よりは背は高い。
「ハァ!」
大野先輩の手数は結構多い。いろんな方向から剣先が襲ってくるので、それに応じていくだけでも精一杯だ。しかしこちらも負けてはいられない。どんどん打ち込んでいく。
鍔迫り合いになる。お互いの呼吸が聞こえる近さ。大野先輩の目は燃えるようにぎらついている。
竹刀を押し合い、間合いを取る。しばらく相手の出方をうかがう。今度はこちらからだ。
「イヤァアア!」
小手面。大野先輩の面をかわし、すぐさま抜き胴。
スパパパーンと竹刀の音が響き渡る。
今日はなかなか調子がいい。体がよく動く。
「今日は調子よさそうだな」
稽古後、大野先輩もそう言ってきた。稽古中とは違い、人のよさげな笑顔を向けてくる。最初はとっつきにくい先輩かと思っていたが、こうして話をしてみるとそうでもないようだ。
「先輩もさすがでしたよ」
「試合でもこれくらいいければよかったのにな」
「そのことは忘れてくださいよ」
大野先輩の言う試合というのは、先日やった他校との練習試合だ。大野先輩が言うように、僕はあっさりと負けてしまった。
「まあ、俺も人のことは言えないけどな。引き分けで終わったわけだから。槇村と佐々木の連勝で全体としては勝てたけどな」
うちは三年生が抜けて、男子部としては四人になってしまった。本当は団体は五人いないといけないが、勝ち抜き戦での試合だったので、誰かが連勝していけば、人数が少なくても勝ちの目はあるというわけだ。この前の練習試合では、槇村先輩と佐々木先輩がそれぞれ二勝して、勝つことができた。
「ま、相手が二年だったから仕方ない部分もあるけど、試合ってなると篠宮は途端に動きが硬くなるような気がする。もう少し肩の力を抜いておけよ」
「はい。そうできるように努力します」
そうは言ったものの、そうできる自信はなかった。
幸い、本当の大会と名のつくような試合には、まだ一年の僕は出場していない。一学期にも、先輩たちの応援として会場には何度か足を運んではいた。一応補欠として会場にはいたが、もちろん試合にでることはなかった。
しかし、応援のみとはいえ、あの試合会場の雰囲気には緊張した。今の自分があのなかで試合をして勝てるとは、到底思えなかった。ただの練習試合ですら、思うように動けないのだ。この前の試合でも、普段の半分も動けなかった。
敗因は自分自身わかっている。
やはり僕に、剣道をやる資格はないのかもしれない。




