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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.6 夏休みの始まり
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2 優しい夜空

 住宅地を少し入っていったところに、その家はあった。日が沈み、先程より薄暗さが増してきていた。辺りの家はちらほらと電灯を点け始めている。

 家の表札には、橋本と記されていた。玄関をあがり、和室に通される。和室には線香の独特の香りが漂っていた。

 すぐに祭壇が目に入った。そこには生前のマサタカの写真が飾られていた。その写真の彼はとてもいい笑顔をしていて、もうそれが死んでしまったなんて、まるきり嘘のように思えた。写真の周りには花や果物やお菓子、故人が好きだったと思われるバイク雑誌などが供えられていた。その中に、故人へあてた手紙も何通か置かれてあった。宛名は『正隆くんへ』と書かれてある。


 橋本正隆はしもとまさたか。それが男の名前。バイクが好きで、友人もたくさんいたようだ。そして恋人までいた。幸せだったはずの人生。まだまだこれから先、ずっと続くはずだった未来。それが、事故によって突然断たれてしまった。

 線香に火を点け、手であおいで火を消した。すると、白い煙が細長く天井へと伸びていった。香炉に線香を立て、りんを鳴らす。鈴虫の鳴き声のような音が響き、余韻を残した。手を合わせ、目を閉じる。


 正隆の魂は、今もあの事故現場に留まっている。それをどうにかすることはできないのだろうか。きっとなにか心残りがあって、あそこでああしているに違いないのだ。

 すぐに帰ろうと思っていたけれど、気が変わった。もう少しだけ、正隆の母親に話を訊いてみようと思った。


「正隆さんは事故のあった日、彼女のお見舞いに行こうとしていたんですよね」


 正隆の母親は一瞬押し黙った。僕はその様子を見て、事故のことを思い出させるようなことを言ってしまったことを少しだけ後悔した。


「ええ。……でもおかしいと思うんです。あんな通り慣れた道で事故をするなんて。運が悪かったとしか言いようがないことですけど……」


 正隆の母親は、悔しそうに下唇を噛みしめた。


「事故のあった日は天気もよくて、視界が悪いということもなかった。あそこは家からもすぐで、通り慣れているはずなのに、どうしてあの子、対向車のほうに入っていってしまったのか……」


「え? 正隆さんのほうから車にぶつかっていったっていうことですか?」


「見てないからあまりわからないんですけど、そうだったみたいです。正隆のバイクが急に方向を変えようとして、避けきれずにぶつかったとか……」


 あそこは家から出てすぐのところだ。しかし正隆は、急になにかを思いついたように方向転換しようとして、車と接触した。


「正隆さんは、なにか忘れ物を取りに戻ろうとしたんじゃないでしょうか」


「え?」


「あ、いえ。わからないですけど、ふとそう思ったので」


「そう……。そうかもしれないわね。なにか忘れ物を取りに……」


 正隆の母親は、考え込むように俯いた。


「あの、それじゃ、僕はこれで」


 僕は立ちあがり、玄関へと足を向けた。これ以上長居は無用だ。


「あ、ごめんなさいね。なんだか引き留めてしまって」


 正隆の母親は、慌てて僕のあとについてきて言った。


「あの、もしよろしければお名前を教えていただけませんか」


 どうしよう。名前を名乗るくらいなら構わないだろうか。変に探られるようなことはないだろうか。


「篠宮小太郎です」


 もう、どうとでもなれ。いざとなったら、正直にすべてを話すまでだ。信じてはもらえないかもしれないけれど、どうにかなるだろう。一応、悪いことはしていないんだから。

 僕は名を名乗ると、すぐさま外に飛び出した。辺りは一層暗くなり、夜の気配を漂わせていた。


 帰ろう。

 頭上を見あげると、星が小さく瞬いていた。それを見て、ふいに胸が詰まった。

 広い宇宙の中で、僕の悩みなど、どれほどちっぽけなものだろう。

 ある人は突然この世を去り、残された家族や恋人は大きな哀しみを背負って生きている。この空の下で、そんな人たちがどれほど多くいるのだろう。


 哀しみが星の数ほどあるというのなら、この広大な夜空は人の涙の海だ。大きな哀しみが、押し迫ってくるようにちっぽけな僕を包みこむ。

 それでも、と思う。


 目に映るのは、優しい夜空だ。どんなに飲み込まれそうなほど大きくて深くても。それが、どうしようもなく恐ろしいものだとしても。


 夜空に浮かぶ星々は、こんなにも美しい。


 とても美しいのだ。


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