2 消せない記憶
――気味の悪い子だ。
昔、おばあちゃんがそう言っていた。最初聞いたときは、どういう意味かわからなかった。けれど、それはよくないことなのだということは、なんとなくわかった。
おばあちゃんの家の庭先には、池があった。そこには二匹の鯉が泳いでいた。一匹は赤と白で、もう一匹は赤一色。幼い僕は、その鯉を眺めるのが大好きだった。
僕は池の端にしゃがんで、鯉を探していた。するとすぐに、餌をもらえると思ってか、鯉は僕の近くまで泳いできた。鯉にあげようと持ってきていたパンを、小さくちぎって池に投げる。すると、それを食べようと二匹が顔を水面に寄せてきた。ちぎったパンがふわふわと漂う。それとともに丸い口が水面に出てきて、ぱくぱくと動くのがおもしろかった。
――お義母さん。子供の言うことですから。
その日はみな黒い服を着ていた。たくさんの大人たちがおばあちゃんの家を出入りしていて、忙しそうだった。
――しつけが悪いんだよ。
――そんなことは……。
母さんとおばあちゃんが、縁側で話していた。母さんは少し戸惑っているようだった。
――普通の子があんなこと言うもんかねぇ。わざとじゃないのかい。
――わざとだなんて。あの子は確かに少し変わったところのある子ですけれど、決して悪い子じゃありません。
――それにしたって、あんな気味の悪いこと。よりによってこんな日に。
――そのことは申し訳ありませんでした。わたしからよく言って聞かせておきます。ただ、本当に悪気があってやっていたわけではありませんから。
おばあちゃんは苦々しげに僕のことを見つめていた。視線から逃れるように、僕は縁側に背を向け、池の鯉を眺めていた。
おばあちゃんがどうしてあんなふうに母さんを責めるのか、わからなかった。とにかく自分のせいなのだということだけは理解していた。
物心ついたときから、ときおりこういうことはあったのだ。ただ、深く気にしたことなどなかった。母さんはそんなとき、いつも困ったような顔をしていたが、すぐに笑顔で頷いてくれた。だからそれが悪いことだとは思わなかったのだ。
それに、どうしてそれが悪いことだというのだろう。他の人にはどうして見えないのだろう。
僕は顔をあげて、すぐそこで同じように鯉を眺めている人物に目を向けた。その人は、穏やかな顔で水面に目を落としていた。それは、ここに来るたびに見ていたものと、少しも変わらなかった。
おじいちゃんは僕がやってくると、いつもこの鯉のいる池に連れてきては、一緒に餌やりをさせてくれたのだ。そんなときのおじいちゃんの表情は、とても穏やかで優しかった。
おばあちゃんがあんなふうに言う原因は、僕の言動にあった。それは、和室の部屋の中にいたときのことだ。部屋の畳の上には大きな白木の箱が置いてあった。箱をのぞくと、人が入っていてびっくりした。箱の中で寝ていたのは、おじいちゃんのようだったけれど、それはおじいちゃんではなかった。へんてこなところに入れられて、なんだか可哀想だった。
――おじいちゃんは死んでしまったのよ。
そう母さんが言っていた。僕はけれど、どうして母さんがそんなことを言うのかわからなかった。
おじいちゃんはずっとそこにいるのに。縁側で池を眺めて座っているのに。
――おじいちゃん、そこにいるよ。
僕はそう言って、縁側にいるおじいちゃんの隣まで歩いていった。おじいちゃんは僕を見ると、優しげに頷いた。
近くにいた大人が、奇異な目で僕を見ているのがわかった。そんななか、母さんはまたあの困った表情をしていた。