6 球技大会その3
ローテーションで、みな元のポジションまで戻っていた。相手チームも同じように、スタート時のポジションになっている。ネット越しに見える渡辺の額にも、汗が浮いていた。試合開始時の余裕は、今はもうなくなっているようだ。しかし、それは僕も同様だった。ただ、余裕はなかったけれど、この緊張感と高揚感は気持ちがいいものだった。上気した体から汗が噴き出ていた。高くなった太陽が、頭上から暑い日差しを投げかけてくる。
この試合、ここから先に二点先取したほうが勝ちだ。そしてサーブ権は今、こちらにある。チャンスだった。
相田がボールを高く放り、思い切りそれを叩いた。音とともに、鋭いボールが頭上を横切っていく。相手チームの女子がそれを追いかけて受けた。レシーブされたボールはセッターにトスされ、美周の前の男子のところにあがった。
「美周止めろ!」
そう僕が叫ぶと同時に、相手の男子と美周が宙を飛んだ。その光景は、スローモーションでも見ているようだった。相手の男子がスパイクを打った。それを美周が、当然のようにブロックする。ボールは相手チームのコートに落ちて転がっていった。
「キャーッッ! 美周くん! ナイスブロックー!」
美周の活躍に、ファン軍団の歓声も一際大きくあがった。
「ナイスブロック!」
チームメイトが次々と美周にハイタッチしていく。僕ももう迷わなかった。美周の手に軽くタッチして、僕は自分のポジションに戻った。
「あと一本取るよ!」
相田がすかさずそう声をかける。
あと一点。あと一点で勝負が決まる。
再び相田のサーブから始まったボールは相手に返され、こちらも返しと、しばらくラリーが続いた。そして何回目かのラリーのあと、沙耶ちゃんのトスがいい感じで僕の上にあがってきた。
ここが決め所と判断した僕は、それに合わせて思い切りジャンプした。ネット越しの気配で、渡辺も飛んだのがわかった。
止めさせない。今度こそ決めてやる。
思い切り叩いたボールは、渡辺の指をかすって通過し、反応したもう一人の男子の拳もかすって、そのまま地面へと落下した。
一瞬の静寂のあと、
ピーと、ホイッスルが鳴った。
わっと歓声があがった。
試合終了。僕たち一年G組の勝利。
「やったー! 勝った!」相田が飛びあがって、歓声をあげた。
「小太郎ちゃん! すごいすごい!」
「やったな!」
僕たちは口々に勝利を喜びあい、お互いの肩や背中を叩きあった。喉の奥に固いものが詰まっているように、熱かった。油断すると目頭が熱くなる。僕は嬉しさで頭が真っ白になっていた。
ちらりと相手チームのほうを見ると、渡辺が悔しそうに地面を蹴っていた。渡辺から言われた言葉は悔しかったが、この際そんなことも、もうどうでもよくなっていた。僕たちは勝利したのだ。それに、たとえ負けていたとしても、これだけの白熱した試合ができたことで満足だった。
「すごいすごい! 先生感動しちゃったよ!」
僕たちの輪に入ってきた瀬野先生は、早くも涙目になっていた。白いレースのハンカチを固く握りしめている。
「先生。まだこれ前半戦だよ。そんなんじゃこのあとの試合、涙の海で見えないよ」
相田がそう言うと、みんな笑った。
昼の休憩を挟み、続きの試合は午後からとなった。午後からの試合も僕たち一年G組は快進撃を続け、なんと決勝戦まで駒を進めたのだった。
「みんな、すごいよ! 決勝戦だよ!」と瀬野先生。
「奇跡だ。ミラクルだ!」
「練習してきてよかったね。ゆかりちゃん!」
「いやぁ、みんながこんなに頑張ってくれるとは思わなかったよ」
相田と沙耶ちゃんも、手を取り合って喜んでいる。
「小林もすごかったな。どんな球でも拾う拾う!」
「リベロ小林だな」
僕と幸彦がそんなことを言うと、小林は微妙な顔つきになっていた。
「いや、その呼び方はちょっと……」
僕たちは最高に盛りあがっていた。バレー部経験者が、相田と小林と二人いたのもよかった。それに、他のメンバーも良い働きをしていた。心配の種だった幸彦も、もともとの運動神経のよさもあり、しっかりボールに反応していた。
「この俺がちょっと本気になれば、こんなもんだ」
幸彦も、まるで鬼の首を取ったように得意げだ。
「お前はいてもいなくてもあまり関係ないと思うがな」ぼそりと美周がそう言ったのを、僕は聞き逃さなかった。幸い幸彦には聞こえていなかったようである。
決勝戦の相手は、三年A組。前の試合を見ていたが、彼らはとにかく強かった。体格も男女ともに大きい人揃いである。なかでも特に目を引いたのが、丸井という男子生徒だ。スパイクもレシーブも強く、どこにいても活躍しないことがない。どうやら彼は、現役のバレー部員らしい。
「強敵よ。みんな気を引き締めて」
瀬野先生が言った。さすがに優勝を目前にして緊張の面差しをしている。
「ここまできたら、もう優勝するっきゃないでしょ」と相田。
「キャプテンについていくよ」と僕も応じる。
「やる気だねー。久々に俺も燃えてるよ」と言ったのは幸彦だ。
「練習であれだけやる気なかったのが嘘のようだな」小林が笑いながらそう言う。
「わたし、なんかワクワクしてきちゃった」と沙耶ちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねている。
「沙耶くん。強敵を前になかなか剛胆だな」美周はそれを楽しそうに見つめていた。
みな、緊張と興奮の熱を帯びていた。もしかしたら。あとひとつ勝てば。
球技大会でこんなに盛りあがれるなんて、誰が想像できただろうか。最初は一勝だけでもできればいいと思っていた。それが、次はもう決勝戦なのだ。
コート前に全員整列する。お互いに礼をして、所定の位置についた。
「さあ。みんな、返していくよー」
相田が先んじて声を出す。ここまで、キャプテンの相田に引っ張られる形でついてきた。あらためて思うが、こういうときの相田は本当に頼りになる。姉御という形容詞がぴったりだ。自分がもし女だったら惚れているかもしれない。……いや、女同士では逆に問題か。
結局試合は健闘したものの、それまでの快進撃が嘘のように、あっさり僕たちは負けた。
「悔しいー」
チームを引っ張り、練習でも本番でも一番はりきっていた相田は、やはり最後も一番に悔しがっていた。沙耶ちゃんの肩に顔を埋めている。もしかすると泣いているのかもしれない。
「あなたたち、よく頑張ったわよ。準優勝なんだから、もっと胸張っていいのよ」
瀬野先生はそう言ったが、やはり最後に負けたことは悔しかった。
「あーあ、もうちょっとだったのにな」
練習ではやる気のなかった幸彦も、さすがに残念そうだ。
「相手が強すぎたよ」
と小林が言う。みな悔しい気持ちは同じようだった。
「でも、楽しかったね」
沙耶ちゃんが言った。
「そうだね」
実際、ここまで球技大会に真剣になるとは思わなかった。始めは淡々と消化するだけのイベントだと思っていた。だけど、終わってみればどうだろうか。今は球技大会が終わってしまうのが、名残惜しいほどだ。こんなにすがすがしい気分になったのは、久しぶりだった。
楽しかった。
新緑が風に葉を踊らせて揺れていた。高く済んで雲ひとつない青空が、頭上に広がっていた。
バレーボール男女混合準優勝。
それが僕たち一年G組の、球技大会の結果だった。




