5 球技大会その2
次の試合の相手は、一年C組だった。僕は相手チームの中に見覚えのある生徒の姿を見つけ、ぎくりとした。以前僕に因縁をつけてきた渡辺だった。渡辺は僕の顔を見ると、意地の悪い笑みをたたえて声をかけてきた。
「よう。元気そうだな」
僕はあえてそれに答えなかった。また以前のように、挑発を真に受けてしまわないようにしなければ。
「まさか、こんなところでお前らと勝負することになるとはな。かったりぃ行事だと思ってたけど、ちょっとおもしろくなってきたぜ」
なにを言おうというのだろう。渡辺が決して友好的にこんなことを言ってくるとは思えなかった。
「しかしずるいよな。G組がこんな行事に出てくるなんて、卑怯だぜ。どうせ、さっきも妙な力使って勝ったんだろ。どうやったか俺にも教えろよ」
頭の奥がカッと熱を帯びた。渡辺の顔を睨みつける。その表情には侮蔑がこもっていて、僕の怒りにさらに火をつけた。挑発に乗ってはいけない。挑発に乗ったら負けだ。僕は今にも弾けそうな体を押さえるので精一杯だった。
「おい」
僕と渡辺の姿に気づいた美周が、近づいてきてそう声をかけた。
「うちのチームメイトに、妙なことを吹き込まないでもらおうか」
「別にちょっと挨拶してただけだよ。じゃあな」
美周と入れ替わるように、渡辺は自分のチームのほうに戻っていった。
「なにを言われた」
「いや、たいしたことじゃない」
渡辺の言葉を口にするのも嫌だった。ただ、僕たちを傷つけるためだけの言葉。一方的な悪意。他のクラスメイトたちには、絶対に聞かせたくなかった。
「正々堂々、試合で勝てばいいんだよ」
僕はそう言いながら、コートの向こうに並んだ渡辺を睨んだ。この行き場のない怒りは試合にぶつければいい。僕はこの試合に感謝した。試合の中でならどれだけでも戦える。
まもなく試合は始まった。サーブ権はこちらからだ。相田のサーブは、美しい軌跡を描いて頭上を通過した。ボールはレシーブされ、相手チームのセッターへとあがる。セッターがトスしたのは、渡辺のところだ。ネットの先で渡辺が身動きする。
その直後、渡辺のスパイクが決まった。相田や小林も反応したが、一歩遅かった。相手チームが歓声をあげる。
「ドンマイ! さあ、もう一本!」
相田が負けじと手を叩きながら、そう声をあげた。
ネット越しに渡辺の顔を見ると、不適な笑みを浮かべている。やはり、なかなかいい体つきをしているだけあって、スポーツは得意なようだ。
サーブ権が交代し、相手チームがローテーションする。相手側からのサーブが打ち込まれた。サーブレシーブは小林が受け、続いて沙耶ちゃんがボールをトスする。あがってきたのは僕のところだ。
いけ! 僕はボールめがけてジャンプした。と同時に、ネットの向こうでも人が飛びあがるのが見えた。ボールに腕を振りおろした刹那、その人物と目が合った。その目は笑っていた。気がついたときには、ボールは僕の足元に落ちていた。僕のスパイクは弾かれたのだ。スコアボードに相手チームの点数が加わる。0対2。
「なんだ。たいしたことねえな」
渡辺は僕に聞こえるようにそう言った。僕がネット越しに睨みつけると、渡辺はなにがおかしいのか、愉快そうに笑っていた。
もう、負けてはいられない。ここから絶対に巻き返す。
しかし、その後も二点連取され、相手チーム優勢の展開が続いた。その後サーブ権を取り返し、ようやくうちのチームにも挽回のチャンスがやってきた。ローテーションで今度は僕がサーブする番だった。
「小太郎ちゃん。ファイト!」
沙耶ちゃんの声援で、心が奮い起った。やるぞ、と胸に呼びかけ、僕はボールを上に放った。ボールが落ちてくるのに合わせて、腕を振りおろす。ボールは勢いよく相手コートへと伸びていった。このサーブも練習の賜物だ。
ボールは一度は受けられたが、その後の相手側のミスでこちらに初めての点数が入った。
「ナイスッ」
「篠宮ナイスッ」
みなが僕の頭や背中を叩いていった。これからだ。この調子でどんどんいこう。
それから僕たちもかなり追いあげていったが、相手チームも負けていなかった。結局一セット目は取られたが、次のセットは取り返し、決着は最終セットまで持ち越された。最終セットでも取られたら取り返すという攻防が続き、結局試合は24対24のデュースにまでもつれ込んだ。
まさに熱戦。ここまで白熱した試合になるとは僕も予想をしていなかった。なにげなく見ていたはずのギャラリーも、この戦いの決着がどうなるのかと、みなが熱い視線を投げかけていた。




