4 球技大会その1
屋外のバレーコート周辺は、応援の生徒たちで賑わっていた。球技大会ということで、先生も生徒もみな体操着姿である。僕たち一年G組のメンバーたちは、自分たちの試合の順番を、他の試合を見ながら待っていた。
球技大会は新入生歓迎イベントとして、毎年五月に開催される。スポーツを通して生徒同士の交流を深めようというわけである。だから、それほど勝敗にこだわるものでもない。みんなでさわやかにスポーツを楽しみましょうといった趣旨のイベントである。
とはいえ、どうせやるなら勝ちたいと思うのが心情。球技大会まで毎日昼休みや、レクリエーションの時間を利用して練習をしてきたが、うちのクラスの実力の程はどのくらいなのか、まるで見当がつかなかった。
「うわー。他のクラス強そう」
「真面目に練習したんだし、勝てるっしょ」
不安そうな沙耶ちゃんに対し、一番不真面目だった幸彦がそう言った。僕も幸彦まで楽観はできないが、せめて一勝はしたいと思う。
「お前の存在が一番心配なんだ」
バックネットに軽くもたれるようにして立っていた美周が、地面に直接座っていた幸彦に向かってそう言った。
「るせーよ。正宗」
幸彦が後ろを振り返って美周を睨む。美周はそれをまるで気にすることなく、前の試合を見つめていた。従兄弟同士であるにも関わらず、この二人の仲は見事に悪い。
「おいおい。チームワークを乱すなよ。うちは代わりがいないんだから」
まとめ役の相田が二人をたしなめる。試合を前に不安だ。
そうしているうちに、うちのクラスの試合の順番が回ってきた。僕たちメンバーはそれぞれ立ちあがり、試合のコートの前に整列した。
相手は同じ一年のA組。男女混合ということで、向こうは男子三人、女子三人のチームである。
お互いに礼をし、試合が始まった。
「よーし。勝ちにいくよー!」
元バレー部でもある相田がそう声をかけ、チームを盛りあげる。
「みんな、頑張ってねー」
瀬野先生も、コートの外から声援を投げかけていた。
「美周くん頑張ってーっ」
その瀬野先生の横には、いつの間にか、五人ほどの女子の軍団が陣取っていた。どうも美周のファンらしい。
「なんだよ、あれ」
「正宗のファン軍団。中等部の頃からいるんだよ。むかつくよなー」
幸彦が嫉妬の眼差しを美周に向ける。当の美周は素知らぬ顔だ。眉目秀麗で頭脳明晰。なるほどもてないわけがない。実際に近くで接していると、イヤミだし言動もすかしていてどうかとも思うが、遠くから見ているだけならそんなことは関係ないのだろう。しかしファンまでいるとは驚きである。
「さあ、早くポジションついて」
よそ見をしていた僕と幸彦は相田に急かされ、自分のポジションについた。
ポジションは、サーブ権が交代する度にローテーションで回っていく。二十五点先取の三セットマッチだ。実際のバレーのルールはよく知らないが、ここでは球技大会用のルールで行うことになっている。ネットの高さも通常のバレーの高さよりも幾分低くしてある。男女混合ということと、初心者でも入れやすくという配慮のようだ。とはいえ、哀しいかな背の低い僕にしてみれば、それでもそれは高く思えた。
サーブ権はうちのチームが先になった。相田のサーブだ。
元バレー部らしく、上にトスしてサーブを打つ。良いサーブだったが、相手もきちんと拾って返してきた。ボールは幸彦の正面に落ちてくる。
「幸彦!」
「桐生くん!」
呼びかけに幸彦もボールを拾い、セッターにいる沙耶ちゃんのところにボールがあがった。沙耶ちゃんがそのボールをトスする。次にボールがあがってきたのは、僕のところだ。
身長が低い僕にはバレーは不利だ。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。飛んできたボールめがけてジャンプする。
「いっけぇーッッ」
思い切りボールを叩いた。入ってくれと心に念じる。するとボールは、いい感じに相手コートのライン際の地面を叩いていた。
「やったぁ!」
「ナイス小太郎!」
ジャンプ力には多少自信があったので、一応スパイクの練習もしておいたが、まさか本当に入るとは思わなかった。相田とつきあって特訓したのが功を奏したようだ。みなと一緒にハイタッチをしていく。なんだかものすごく気持ちがよかった。
意外だったのは、あの美周までもが軽く僕の手を叩いていったことだ。そういう行動を取るタイプではないように思ったが、あれでもクラスの輪を重んじているのだろうか。美周の顔を盗み見たが、表情はいつもと変わらず冷静だった。
それよりも、今は目の前の試合だ。まだたった一点取っただけ。試合はまだまだこれからだった。
サーブ権はまだこちらにある。この球技大会のルールでは、同一人物のサーブ権は三回までとされている。バレー部などうまい人がサーブだけで点数を稼ぐのを防ぐためだ。
相田の次のサーブは、先程よりさらにキレがあった。相手チームもボールをレシーブしたが、こちらのコートに戻すことはできなかった。
「やりぃっ」
「ナイスゆかりちゃんっ」
これで二点先取。なかなかいい調子だ。
次の相田のサーブは、相手チームがレシーブして続いた。ボールが相手のセッターに渡り、フロントライトがスパイクの体制に入った。
僕たちの視線は、ボールの打たれる正面にいる美周に集まっていた。美周は、タイミングを計ってネットの上まで飛びあがった。
相手チームの鋭いスパイクが、美周の両手でブロックされた。弾かれたボールは相手のコートへと落ちていく。
「きゃーっ。美周くん!」
ファン軍団の黄色い声が、辺りに響いた。
「美周くんナイスッ」
「ナイス!」
僕は思わず美周の背中を叩いた。その後美周と目が合い、気恥ずかしさにすぐ顔を逸らした。さっきの美周も条件反射的に僕の手を叩いたに違いない。それほどに、嬉しかったということだ。
馬鹿みたいだと思う。たかが球技大会のそれも一回戦。まだ一セット取ったわけですらない。でも、このチームで点が入ったということが、なぜかすごく嬉しかった。
その後、僕たちのクラスは圧倒的強さで相手チームに勝利した。セットカウント2対0のストレート勝ち。
「やったー! 勝ったよわたしたち」
「よっしゃ。この調子でいこうぜ!」
僕たちは勝利に沸いた。スポーツで勝つのがこんなに気持ちがいいものだということを、あらためて思い出した。
「次も気を抜かないでいくよー」




