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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.5 球技大会
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1 昼下がりの美人

「今度の球技大会、うちのクラスはバレーボールをやることになりました」


 朝のホームルーム。担任の瀬野せの先生は、教壇に両手を置いてそう言った。


「ええー。バレーって決まっちゃってんの? 他に選択肢は?」


 幸彦が少々不満気だ。


「うちは人数が少ないでしょ。他のクラスみたいにいろいろ選べないの。本当だったら男子チームと女子チームで出る種目を選んでもらいたいところなんだけど、この人数じゃそうもいかないでしょ。バレーなら男子の部、女子の部、男女混合の部とあるから、うちはその男女混合のほうでエントリーするしかないのよね。あとは個人競技みたいなのになっちゃうから、バレーしかないって思ったんだけど……駄目?」


 瀬野先生は、困ったように肩をすくめて見せた。そのしぐさは、大人の女性とは思えない可愛らしさだった。


「うーん。……瀬野ちゃんがそう言うなら仕方ないか」


 幸彦も、瀬野先生の可愛らしさには敵わなかったらしい。


「先生。さっそく今日から練習しても?」


 と相田が手をあげて言う。


「もちろん。先生も時間のあるときは練習参加するから」


 というわけで、僕たち一年G組のメンバーは、この日の昼休みから裏庭でバレーの練習をすることになった。


 裏庭は、コブシやコナラといった木が植樹されていて、憩いの場となっている。そこにはちょっとした芝生広場があり、晴れた日にはそこで、生徒たちがよくバレーなどをして遊んでいる。コートで練習できれば一番いいのだが、やはりどこのクラスも練習に使うようで、すでにこの日は空きがなかった。とりあえず、今日のところは裏庭での練習のみだ。

 昼食後、体育倉庫からバレーボールを借りてきて裏庭に行くと、木陰のベンチのところで横になって寝ている人物がいた。


 眼鏡をしていないが、結城さんだ。ベンチから垂れた黒髪が、そよ風に揺れて美しくなびいている。


「美怜さんだ。どうしよう。ここで練習してると邪魔かな?」


 一緒に来ていた沙耶ちゃんが、小声で言った。


「そうだね。起こすのも悪いし……」


 僕も自然と小声になる。


「いいのではないか? 起きたら起きたで自分で移動するだろう」


 後ろからそう言ったのは美周だ。寝ている結城さんを、まったく気にもしていない。


「美周。お前なあ」


 そうしている間に、向こうから騒がしい声が聞こえてきた。


「練習なんて面倒くさいことやれるかよ」


「文句を言うな! 大体お前は協調性が足りなすぎるんだ」


 幸彦が相田に引きずられるようにしてやってきた。そのすぐ後ろには、苦笑いをしながら小林もついてきている。

 あの騒がしさでは、結城さんが起きるのも時間の問題だ。結城さんのことなどには気づいていない幸彦と相田は、なおも口論を続けている。


「ああ、本当に面倒くせー……って、ん?」


 幸彦がなにかに気づいたように動きを止めた。視線の先には結城さんが寝ている。幸彦はしばらく結城さんの顔をじっと見つめていたかと思うと、さっと僕のところにやってきて小声で訊ねてきた。


「誰? あれ」


「誰って、結城さんだろ」


「結城? あんな美人学園にいたっけか?」


 どうやら幸彦は、そこにいるのがあの結城美怜だとわかっていないようだ。


「だから、研究員の結城美怜さん。お前、さぼりすぎて顔も忘れたのか?」


 一瞬考え込む幸彦。頭の中で情報を整理しているようだ。そしてはっと顔をあげた。どうやらようやく思い出したらしい。


「って、えええーっっ。嘘だろ! あの色気もくそもない眼鏡女がこの美人?」


 心で思ったことをそのまま声に出してしまうのは、直すべきだとあらためて思う。


「……うーん。うるさいな」


 今ので結城さんも起きてしまったようだ。気だるそうに上体を起こす。おろした長い髪が艶やかに流れる。落ちた前髪を掻きあげるしぐさは、大人の色気を感じさせた。

 彼女は胸ポケットにしまっていた黒縁眼鏡を取り出してかけた。やはりあの結城さんに間違いなかった。


「んー? ああ、球技大会の練習かー。ごめんごめん。ここ使うんだよね」


 結城さんはそう言って、そこから立ちあがった。それを見て、沙耶ちゃんが言った。


「美怜さん、すみません。お昼寝の邪魔してしまって」


「いいよ、いいよ。気にせず練習して。じゃあまたね」


 結城さんは手を振りながら去っていった。幸彦はというと、しばらくその後ろ姿をぼーっとながめていた。


「ほら、練習するよ」


 相田の合図でみな行動を開始したが、幸彦だけはなかなかそのまま動かなかった。

 変化が起きたのは、その日の放課後からだった。

 研究棟へと向かう僕の横に、幸彦の姿があった。


「お前って、わかりやすいなー」


「ん、なんのことかな?」


「結城さんが美人だって気づいた途端、これだから」


「あれ、桐生くんも研究棟行くの? 珍しいね」


 一緒にいた沙耶ちゃんが不思議そうに幸彦を見つめた。どうやら沙耶ちゃんはわかっていないようである。


「いや、ほら。俺もそろそろ真面目に協力しないとなと思ってさー」


 幸彦は、心にもないことをしゃあしゃあと言った。


「へえ、偉いね」


 それをすんなり信じてしまう沙耶ちゃんもある意味問題だが。


「まあ、幸彦の目的が不純だとしても、向こうにとっては大歓迎だろう」


 美周が後ろからそんなことを言った。確かに、どんなに僕たちが言っても聞かなかった幸彦が自ら研究に協力するというのだ。結果として、今日の昼休みの出来事は良かったのかもしれない。


「学園側の思惑通りというのは気に入らないが」


 相変わらず美周の学園への不信感は消えていないようである。だが、美周もこうしていつも研究に協力に行っているのだから、そこまで気にするほどのことではないのかもしれない。

 研究室では、今日もいつも通りの報告だけで済んだ。幸彦だけはしばらく来ていなかったこともあって、最後かなり時間を取ってデータを取るようだった。結城さんはいつもの色気のない格好だったが、それでも幸彦は嬉しそうにしていた。僕と沙耶ちゃんはこのあと部活もあるため、先に済ませてもらい、早々に研究室をあとにした。


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